いつも



 どんなに急いでいても、立ち止まってしまう場所がある。
 通学路から見える広く大きい海だ。
 朝早く、樹は家を出て、海が見えてくると足を止めた。
 この日は晴れで、地平線から顔を出そうとする太陽が海面を美しく輝かせる。きらきらと煌き、良い事がありそうな根拠は無いが不思議とそう思わせてくれる期待が湧く。


「なにやってんだー」
 背後から声がして、振り返れば知った顔があった。
「よお」
 黒羽がニッと笑う。丁度、彼の顔の位置に日の光が差して、二人は同時に目を瞑る。
「海、見ていただけなのね。おはよう」
「ああ、おはよう」
 樹が背を向けて歩き出すと、黒羽もその後ろを付いて歩み、隣に並ぶ。
「今日は良い海遊び日和だなー」
 空を見渡して、黒羽が言う。
「テニス日和でもありますよ」
「樹ちゃんが海見ていたって言ったからだろ」
 すかさず言い返す樹に、黒羽はどうも煮え切らない。


「おはようございまーす」
 別の通路から葵がやってきて、大股でステップを踏んで樹と黒羽の間に入る。
「二人とも聞いてくださいよー、好きな娘できたんだ」
「ふーん」
「へえ」
「二年のチア部の……って、聞いてるのっ」
「はい」
「ああ」
 葵が拳を握り締めて顔を上げると、二人は部長を置いて先を進んでいた。
「待ってよ!今度は上手くいきそうなんだってば」
「そうですか」
「頑張れよ」
 いつもの事なので、いちいち反応するのは面倒になっている。
 葵の話は右から左へ聞き流し、もう今年で何度目の話だったのかを思い返していた。
 学校が近付いていくにつれ、テニス部の面々と顔を合わせて賑やかになっていく。
 誰彼かまわず会話を交わすのだから、列が乱れて道がきつくなり、直そうとすれば歩きが遅くなる。


「ねえ、今日ちょっと遅いんじゃないの」
 マメな佐伯がほら、と時計を見せようとするが受け流されてしまう。
「あー、ホントだ。朝練の時間が少なくなるね」
 やっと気付いてくれた木更津が佐伯の横で頷いた。
「じ…………」
「急いだ方が良いな」
 天根が口を開きかけた途端、首藤が口を挟んだ。
 微かな舌打ちが聞こえて、やはり新作のギャグを言うつもりだったのかとわかる。こういう連携の取れた中では効果的ではないと、天根は密かに新たな策を練り出し、無言になった。
「この調子だと間に合うのね」
 不意に樹が意見すると、木更津はあからさまに不満な表情を浮かべる。
「いや、無理だって」
「ほら、もう見えてきてますし」
 樹が指を示すと、校門がすぐ見える場所まで来ていた。
 話している内に着いてしまったようだ。
「なんだかんだで、いつも間に合うのね。サエが心配性なのも変わりませんし。亮はいつも突っかかりますけど、何か恨まれる事でもしましたか」
「そんなにいつも」
「同じ行動していたっけ」
 佐伯と木更津は顔を見合わせ、首を同じ角度に傾げた。


 そう全く同じものではないが、変わらぬ日々が続いている。
 ふと思い返しては温かい、優しい世界であった。
 この先には本当に変わっていない、オジイが待っている事であろう。






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