公園での練習は、金田が先に上がって、彼は自宅に帰る。
 玄関の扉を開けると、丁度居間へ入ろうとした弟と目が合った。
「おかえり、兄ちゃん」
「ただいま」
「遅かったね。晩御飯までにはもう少しかかるって」
「わかった」
 靴を脱いで上がり、金田は自室に向かう。そうして入るなり、制服のままでベッドへうつ伏せになって倒れ込んだ。柔らかな布団が一日の疲れを吸収し、癒してくれる。
 一人だけの空間に入ると、今までの出来事が思い返されていく。今日は特に裕太との事が印象に残っていた。
「兄弟か」
 金田は一人の弟を持つ兄。兄弟仲は悪くは無いが、取り立ててよくもない。喧嘩だってする、ごく普通の仲であった。
 もし裕太のように、弟が兄をなんとしても追い抜きたいという、物騒な闘争心を抱いていたとしたら――――
「わからない」
 寝返りを打って、仰向けになり、腕を後ろで組んで枕にした。
 兄弟というもの。いわば血縁というものは自らが選ぶ事は出来ない。
 一人っ子ならよかった、兄や姉がいればよかっただの、妹が欲しいだの、どうして弟がいるのだろうなんて思った事ぐらいはある。弟がいるという事実は変えられない、仕方のない事だった。
 そもそも劣等感を抱かれるには、優れていなければならない訳で。天才という名には縁がない。
「わっかんないよ」
 腕枕を解き、ベッド下に置いた鞄を手探りで開け、買ったばかりのテニスの本を取り出そうとする。
 しかし、なかなか見つけ出せず、一度身を起こして探した。
「うわ」
 金田は嫌そうに顔を歪める。本が見つからないのだ。
 記憶を辿れば、恐らくは公園。本を取り出してから鞄を上に乗せてしまった。裕太の鞄が影になって気付かなかったのだろう。
 願わくば、裕太が見つけて渡してくれますように。あの本は、高かった。





Back