[駆け抜ける季節]
[さらば、満ち足りた春よ]
[BOYHOOD-my dear-]
[BOYHOOD-wish you were here-]
[風丸がふたりになっちゃった]






[駆け抜ける季節]
円堂×風丸の小説本。フットボールフロンティア編。二人の出会いから結ばれるまで。性的描写有。



 春。稲妻町河川敷――――
 川の周りには草木が芽吹き、色とりどりの花が咲いており、柔らかい風が優しく揺らしている。
 ここに一人の少年が訪れた。脇に抱え、手で支えるのはサッカーボール。白と黒のコントラストが際立つ新品である。少年の名前は円堂守といった。本日、初めて母の手を離れて自分だけで来たのだ。一人前になった気分で、どこか誇らしげに胸を張る。
 そんな円堂を風は歓迎するように髪を撫でる。鼻腔を花のいい匂いがくすぐった。


 風香る季節。幼き日の河川敷。
 そこで少年はある出会いを果たす。


「そーれっ」
 円堂は歩道から川の方へ声を上げて降りていく。そうしてさっそく、サッカーボールを蹴りだした。
 円堂の亡き祖父・円堂大介は稲妻町の伝説イナズマイレブンの監督を務め、選手時代のポジションはGKである。祖父の思い出はないに等しいが、円堂は生まれた頃よりサッカーが好きで憧れていた。母はサッカーに否定的だが、ねだりにねだってやっとサッカーボールを買って貰えた。まだ試合もした事はないが、蹴るだけで喜びが溢れてくる。
「うわ!」
 円堂は足を滑らせて尻餅をつき、ボールは見当違いの方へ大きく跳んでいく。
「ボール、ボール」
 急いで身を起こしてボールを拾いに走った。
 着地したボールはころころと転がり、止まってはくれない。このままだと川の中に落ちてしまう。
「まずいぞ!」
 力の限り走る。だがどうしても追いつけない。
 思わず目を瞑ってしまう円堂は横をなにかが素早く走った気配と、耳にボールが蹴られる音を捉えた。目を開けば、自分の方へボールが跳んでくるではないか。反射的に伸ばした手で受け止める。
 視線をボールから前へ移すと、同じくらいの背丈の少年が腰に手を当てて円堂を見ていた。
 少年は青い髪を後ろに纏めているのが印象的で、彼もまた円堂を見つめている。
「君か、ボール返してくれたの」
 二人の間には距離があり、円堂は声を大きくして放つ。少年はこくん、と頷く。
「有難う。凄いな……俺を追い抜かして蹴ってくれたのか」
 また少年は頷く。微かに口元が綻んでいた。
「俺、円堂守。君は?」
「風丸一郎太」
 風丸と名乗った少年に円堂は目を輝かせ、ボールを前に出して放つ。
「君もサッカー好き?一緒にやろうよ」
「…………………………」
 風丸は睫毛の長い大きな瞳をぱちくりさせる。


「サッカーってなに?」


「え?」
 目が点になる円堂。
「サッカーを知らないのか」
「ああ」
 円堂は大股で風丸に歩み寄り、ボールを持たせた。
「俺が教えてやるよ。とっても楽しいぜ」
「そうなのか?」
「俺も今日、初めて実際にやるんだけどな」
「なんだそれ」
 風丸が笑う。円堂もつられて笑った。








[さらば、満ち足りた春よ]
円堂×風丸の小説本。アニメエイリア編から沖縄へ旅立ちまで。性的描写有。


 ――イプシロンを倒せば、彼らの目的がわかるかもしれない。


 身体の表面から、冷気のような寒気を風丸は感じた。倒す事だけを目標に仲間たちは必死に頑張っているが、まだ宇宙人の目的すら知らないのだ。侵略を食い止めようとするだけで精一杯なのだ。
 ジェミニストームに勝利した時の心の浮きようは、なんて浅はかだったのだろうか。
 夜。山奥のパーキングエリアでキャラバンは停止し、寝静まった頃、風丸は隣の円堂を起こした。
「円堂。少し、いいかな」
「ん、いいぜ」
 円堂の声がはっきりと通る。円堂もまた、風丸を起こすタイミングを見計らっていたのだ。
 外に出て、適当なベンチで缶ジュースを買って飲む。
「円堂…………」
 風丸は円堂の名を呼ぶが、その先が紡げない。けれども円堂は風丸の言いたい事をだいたい察している。
 やっとジェミニストームを倒せたが、新たな敵・イプシロンが現れた。しかも襲撃予告をされ、母校が受けた悲劇が新たに起きようとしている。何度、頑張ろうと思っても心が不安で心細くなるのだろう。
 雰囲気や、横顔でわかっている。円堂は風丸のそんな表情を見ると気持ちが落ち着かない。どうにかして彼を元気付けたくなった。
「風丸。俺は大好きなサッカーだったら、どこまででもやれそうな気がするんだ。皆でやるサッカーがいつだって最高だ」
「円堂」
 風丸は薄く笑う。彼の好意を返すだけで、上手く笑えない。
「ちょっと、おかわりしてくる」
 空になった缶を持って立ち上がる風丸。
「俺も、もう一杯」
「円堂、飲みすぎてトイレ近くなっても知らないぞ」
「風丸こそ」
 喉で笑い、二人は自動販売機へ向かう。
 まずは先に立ち上がった風丸が飲むものを選ぶ。金を入れ、ボタンを押し、出てきた缶を拾おうと背を屈める。しかし、急に後ろから伸びてきた円堂の手に缶は取られ、振り返ろうと背を伸ばそうとした身体は背後から抱きすくめられた。
「……っ……………」
 目を見開く風丸の耳元で、円堂の低い囁きが鼓膜を掠める。
「ごめん」
 ぐ、と。彼の喉の音が聴こえた。
「どう言ったらいいのかわかんない。風丸が元気ないのは俺も辛いよ」
 抱き締める腕に力をこめる。円堂の心音が背中から伝わってくる。自動販売機の電気の音がやけにうるさい。時刻は深夜で、この辺りには誰もいない。
「円…………」
「俺、お前とこうするの気持ちいいんだ」
 風丸の言葉を遮って告げ、後から今恥ずかしい事を言ったと呟いて円堂は顔を熱くさせた。
「こうしていると、心も身体も、ほかほかするんだ……。どう言ったらいいのかわかんないけれど……風丸も俺が思うように感じてくれたら、俺は」
 ――――幸せなんだと思う。
 深呼吸し、息を吐くように言う。
 風丸は、ぶるりと身震いさせた。魂が震え、脳まで揺さぶられる。
 風丸だって同じ気持ちなのだ。上手く言葉に出来ないが、円堂に触れるのは心地がいい。想い合う喜びは尊く素晴らしいものなのに、踏み込んではならない一線を理性は警告している。フットボールフロンティアの当時から気持ちは伝わっているはずなのに、物足りない貪欲な想いが疼くのだ。
 たぶんそれはいやらしく、淫らで、隠さなければならないもの。人に知られてはならない、秘められたものだ。
「風丸」
 円堂の身体がべったりと背中から張り付いてくる。風丸は額を自動販売機の硝子につけ、回された円堂の手に触れ、やんわり離そうとする。
「円堂……ここじゃ、まずいだろ」
「…………あ、……そうだな……」
 遅れて危うさを自覚した円堂。








[BOYHOOD-my dear-]
ゲーム2小説本。風丸中心、円堂×風丸。暴力描写有。


 親愛なる円堂へ。
 俺、風丸は君へ手紙を書きます。


 手帳を買いました。本当は日記にするつもりだったけれど、円堂へ宛てる手紙のつもりで書こうと思います。こんな書き方は俺らしくないので、いつも話すみたいに変えるよ。
 そもそも円堂も知っての通り、俺は日記なんて書かない。でも、なんというか、自分でもわからない。学校が吹っ飛ばされて頭のネジも吹っ飛んだとかじゃなくて、気持ちを落ち着かせたいから気分転換で始めたかったかもしれない。
 正直、今の気分は最悪なんだ。どうしたらいいのか本当にわからない。お前は宇宙人に本気で勝てると思ってる?思ってるんだろうなぁ。俺が日記なんて書いても暗い気持ちを書き綴るだけだし、話題を作る気力さえ湧かないかもしれない。けど、な。円堂に宛てて書くって思うと、少しだけ前を向ける気がするんだ。お前が胸を張って見られる明日なら、俺も見てみようって。なぜか、そんな気がするんだ。
 だから、これは手紙にする。本気で読ませるつもりなんてないけれど、手紙にする。
 親愛。ホントだよ。これはマジだから。
 学校滅茶苦茶だし、宇宙人も滅茶苦茶。滅茶苦茶だらけだけど、親愛って呼べるお前がいてくれて良かったよ。お前の信じる仲間は俺にとっても信じる仲間だ。ときどき、病院行こうな。あいつらはお前の前だと凄い元気だからさ、案外寂しがり屋みたいだぞ。
 円堂、一緒に頑張ろうぜ。お前のゴール、一緒に守ろうな。




 シャープペンシルが動きを止め、風丸は紙から離して手帳を閉じた。ここキャラバンの車内。夜の薄暗い闇に包まれ、静まり返っている。明かりは消され、窓から差し込む淡い月明かりで寝袋に入りながら文字を書いた。背を屈めて座席下の鞄に手帳をしまってから寝袋のチャックを上まで閉める。目を閉じて眠りに入る前に、横目で隣の円堂にそっと目をやる。ぐっすりと熟睡した彼は起きる気配を見せず、風丸の視線さえ気付かない。
 雷門をまとめるキャプテンではあるが、無防備な寝顔に子供らしいあどけなさがある。風丸自身も子供ではあるが、どこか懐かしくてそんなように感じてしまう。小学生の頃、円堂の家へ泊まりに行った時に見た寝顔をすぐに想像できたからだ。
 ――――どんな夢を見ているんだろう。
 じっと見詰めて願うのは、いい夢である事だ。今が悪夢のような現実だからだ。
 念願のフットボールフロンティアを制覇して、新たな一歩を踏み出そうとした矢先に宇宙からやって来たという『エイリア学園』に雷門中を破壊され、他の学校も次々壊されて、日本を恐怖に落とし込んだ。エイリア学園の破壊活動を阻止する為に旅立ったが、不安ばかり募る。
 もしかしたら、明日なんて来ないかもしれない。悪い事を考えればきりはなく、風丸はなにかを残したい気持ちから、円堂への手紙という形で日記を始めた。
「こっちが、夢だったらいいのにな」
 眠りを妨げないように呟き、首を少しだけ円堂へ傾ける。
「円堂。もし楽しい夢を見ていたら、俺も混ぜてくれよ」
 細く話しかけて、続く言葉が脳内を過っては消えていく。
 ――――もし楽しくない夢でも、俺を入れてくれよ。気持ち悪いかもしれないが、お前の傍は安心するんだ。円堂。なあ、円堂……。
 円堂へ心の内で語りかけながら、風丸は眼を瞑る。
 旅立ってからの一日は長く、重く、心を抉られるようにして刻みつけられていく。また、次の日も大きな事が起きた。とても、大きな事が起きたのだ。風丸はまた手紙を書いた。








[BOYHOOD-wish you were here-]
[BOYHOOD-my dear-]の続き。ゲーム2小説本。円堂中心、円堂×風丸。暴力描写有。


 夢の中で、円堂は友達について考え込んでいた。友達がいるのは心強く、心満たされるが、それだけではない。
 ずっと一緒にいてくれた友達の風丸は、友達だった基山ヒロト――グランの引き連れたエイリア学園ジェネシスによって傷つけられた。
 ――――ヒロト。友達だって思っていたのに。
 裏切られた。裏切られてしまったのだ。ショックだった。傷付いた。なのに、なのにだ。この気持ちを怒りに変えられない自分がいるのだ。分かり合いたい気持ちが揺るがないのだ。そんな自分を風丸はどう思うのだろうか。円堂には、風丸の困ったような笑顔しか浮かばない。しょうがない、お前らしいな、と受け入れてくれる風丸をだ。
 なぜなら風丸は、いつだって。
 円堂はいつかの幼き日を思い起こす。河川敷で友達とサッカーをしてから追いかけっこをして帰ろうとした時、ボールがない事に気付いた。友達には大丈夫と安心させて先に帰ってもらい、円堂はボールを探す。
「円堂、手伝うよ」
 東と風丸が手伝ってくれた。マイペースな東は別の方角へ行き、円堂と風丸は揃って草の根を分ける。
「ないな……」
 どうしても見つからなくて円堂の気分は落ち込んでいく。彼の気持ちを表すように空も夕焼けから夜へと変化していく。
「ないよ……」
 呟きが、掠れる。祖父に憧れて始めたサッカーを、母は反対気味でボールは無理を言って買ってもらった。なくしたりしたら、これを機にサッカーをやめさせられるかもしれないのだ。不安で胸をいっぱいにさせる円堂の肩を、風丸が軽く叩く。
「円堂。諦めるな。そんな遠くには行かないはずだから」
 風丸が薄く笑って見せる。絶対なんて保障は出来ない、けれど円堂を元気付けたい、双方の気持ちが渦巻くぎこちない笑みだった。
「うん」
 円堂は頷き、草に覆われて足場のわからない場所へ踏み込む。当然、均衡を崩して転び、膝を擦りむいた。普段どうって事のない傷なのに、気が滅入っているのか痛みと共に目が潤む。
「円堂っ」
 風丸が起こし上げれば、円堂の目からとうとう涙が零れた。
「円堂、痛いのか?」
 頭を振るう円堂。すると風丸は円堂の手を握り締める。
「円堂。大丈夫、大丈夫。大丈夫だから」
 こくこくと頷く円堂。涙は少し落ちただけで泣き止んだ。
「おーい」
 東が手を振って二人の元へやって来る。その脇にはボールが抱えられていた。
「あっちの方にあった。たぶん、犬でも遊んだんじゃないか」
「有難う東!有難う風丸!」
「いいって事よ」
 礼を述べる円堂に、東と風丸は顔を見合わせて微笑んだ。
 あの時、ボールが見つかった喜びでうやむやになってしまったけれど、円堂は風丸がいてくれて心強かった。風丸がいてくれなかったら、東が来てくれるまで待てなかっただろう。
 東と風丸が一緒に探してくれて凄く嬉しかった。東がボールを持ってきてくれてとっても助かった。風丸がいてくれて自分を保てた。泣いてしまったのは恥ずかしいが、今も円堂の深層心理に焼きついている。


 俺、すっごく嬉しかったんだ。すっごくすっごく嬉しかったんだ。
 今でもよく覚えているよ。一人じゃ駄目だった事、皆がいてくれないと駄目だった事。
 中学二年生になって、東が同じクラスで良かった。
 違うクラスで、違う部活でも、風丸がいてくれて良かった。
 同じサッカー部になったら、もっと仲良くなりたかった。
 もっと、もっと、俺は、さ。もっと、もっと、お前に。


 円堂の意識が、指の関節を動かす。願いとは裏腹な、残酷な現実が走馬灯のように流れ出した。
 エイリア学園による雷門中破壊。傷付けられ、離れていく、せっかく出来た仲間たち。抱えていたものが、ぼろぼろ零れ落ちて、空っぽになっていく。捕まえようと手を伸ばしても、届きはしない。
 失うものの中に、風丸もいた。
 ずっと傍にいてくれたのに、風丸の悩みに迷いに気付けなかった。元気がないのは知っていたけれど、かけるべき言葉もタイミングも逃してばかりだった。なにかが出来たはずなのに、きっとなにかが出来たはずなのに、後悔ばかりを広げていく。
 あの日、ボールをなくした時。風丸に抱いた安心感からか、円堂は困った時いつも風丸に相談に乗ってもらっていた。風丸のアドバイスはいつも円堂を気遣ってくれていた。気持ちの荷が下りる中で、円堂はいつも思っていた。いつか風丸が困っていたら、絶対に力になりたいと。
 風丸からもらっていた元気や安堵した気持ちを、今度は風丸にも感じて欲しいと。
 そう、ずっと願っていたのに。出来なかった。
「風丸……」
 唇だけを動かし、息の掠れのような細い声で円堂は呟き、眼を開ける。窓から差し込む朝日に眠気は引いていく。身を起こせば、周りの仲間たちはまだ眠っていた。手元の携帯を開いて時刻を見れば、起床時間前だった。眼を擦ろうと腕を上げれば、ミサンガが目に入る。
 購入した時に交わした言葉は、心揺れようとも変わっていない。
 ――――風丸。俺はずっとお前との絆を繋げていたい。
 気持ちは変わらないのに見つめる瞳は細められて、頼りなく揺れた。








[風丸がふたりになっちゃった]
円堂×風丸。エイリア事件後の平和なある日、風丸は二人に分裂してしまった。暴力、性的描写有。


「この部屋に風丸くんがいるわ」
 円堂を隣に並ばせ、瞳子が言う。心なしか、憂いを秘めているように感じた。なにか嫌な予感に円堂は不安になった。彼の心を悟ったように彼女は放つ。
「円堂くん。受け止めきれない現実だけれど、目を背けないで」
 瞳子が優しく背に触れ、そっと押す。
 円堂が真っ白な重い扉を開けると、ベッドが二つ並べられており、白いシーツから見慣れた青い長髪が流れているのが見えた。歩調を速めてベッドに近付き、眠る二人の顔を覗く。二人とも、まったく同じ顔をした風丸であった。衣服も同じ、白い薄手のパジャマのようなもので違いがわからない。
「かぜ、まる……?」
「そうよ、二人とも風丸くんよ」
 瞳子も室内に入り、円堂の後ろに立つ。
「一体全体、どうなってるんですか。それに風丸は、ちゃんと生きてますか」
 円堂は右側の風丸の前髪を撫でた。風丸はぴくりともせず、死んだように眠っている。
「命に別状はないわ。少し睡眠薬で眠っているから、起きなくても具合が悪いというのではないの」
「そうなんですか……」
 安堵の息を吐く円堂。彼の気持ちを落ち着かせてから、瞳子は事の発端を語りだした。
「原因は、雷門で発見されたエイリア石の影響ね。風丸くんはダークエンペラーズとしてエイリア石の光を強く浴びていたから、化学反応を起こしたと推定しているの。戻る方法を、今全力をあげて調べているけれど、まだかかりそうなの。エイリア石自体、完全に解明は出来ていなかったから……」
「俺に化学の事はわかりませんが、どうか風丸をお願いします」
「ええ。でも円堂くん、ここへ貴方だけを連れてきたのには理由があるわ。貴方にも手伝って欲しい事があるの」
 腕を組み、やや顔を曇らせて瞳子は言う。だが円堂は真っ直ぐに答えた。
「俺に出来る事があったらなんでも言ってください」
「やっぱり貴方は見込んだ通りの子ね」
 瞳子の口元が微笑みに変わる――――その時だった。
「う………」
 左側の風丸が呻き、薄っすらと目を開く。
「風丸!」
「あ、待って、円堂くん」
 瞳子の制止も聞こえず、円堂は左側の風丸をとびっきりの笑顔で迎えた。
「風丸!大丈夫か!」
「……………………」
 風丸の瞳がきょろりと動き、円堂を見上げるだけでなにも喋ろうとしない。
「風丸?薬が効いて眠いのか?」
「……ああそれ、俺の名前だったか」
 ぽつりと呟く風丸。理解できず、目をぱちくりさせる円堂に瞳子は放つ。
「そっちの彼、記憶喪失みたいなの。やっと自分の名前が風丸だというのをわかってもらえたくらいよ。ごめんなさい、目覚める前に説明できなくて」
「記憶喪失って……。なあ風丸、俺だよ、円堂だよ。円堂守!わかるか?」
 円堂は己を指ざし、一生懸命アピールする。
「…………んど?ごめん、もう一回言って」
「円堂だよ。えーんーどーう」
「えんどう」
 やや舌は絡んでいるものの、名を呼んでくれた。
「そう!円堂!なあ、本当に俺の事、知らないの?」
「ごめん。知らない」
 正直に答える風丸に、円堂の表情はぐっと悲しみを堪えたものになるが、すぐ笑顔に戻す。
「円堂くん。貴方には酷だけれど、風丸くんの傍にいてあげて欲しいの。前もってご両親には話してあるわ、円堂くんの傍に置くのが一番の治療への近道だって」
「酷だなんて思いません。俺は喜んで風丸の傍にいます。なあ、一緒に記憶を取り戻そうぜ!」
 手を差し伸べ、握手を求める円堂。風丸は恐る恐るではあるが手を伸ばす。握り、起こし上げようとする途中で、右側の風丸が目を覚ました。





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