オルフェウスが次に控える試合はイギリス戦。ミスターKを監督として、練習を始める。
 しかし、オルフェウスにはミスターKにより代表を降ろされかけ、故意に怪我をさせられた疑い、円堂たちより聞いた悪い噂も耳に入っており、信頼はないに等しい。
 ミスターKも自覚しており、ベンチに座って遠目よりチームを見ていた。主な練習のスケジュールはキャプテンのフィディオが調整し、指示を出していた。
「座っているだけなら帰ればいいのに」
 聞こえるように言うチームメイトをフィディオが制する。
「落ち着け。ミスターKは約束を守ってくれているじゃないか」
「だけどよフィディオ。俺たちはいつまたなにをされるのかわからないんだぞ。次はどうなるかわからない」
「だから落ち着こう、な」
 背中をさすり、なだめようとした。チームメイトを配置につかせ、自分も戻ろうとした時に一度ミスターKに振り向いてから駆けていく。
「ふん」
 鼻で息を吐くミスターK。
 ミスターKは思う。オルフェウスは今まで影山として担ったチームとは違う。彼らはまず、自分を信用をしていない。だがどこかで初めてではない、懐かしい感じを覚えていた。真帝国や帝国よりもっと前の――まだ若く、子供だった時代をだ。
 自分を快く思わないチームメイトが指を差し、こんな奴は放って置こうと言ってきた。自分はいつもの事だと腕を組んで、ふんと鼻を鳴らしていた。そんな自分とチームメイトに『落ち着け』となだめる男がいた。赤いバンダナを巻いて髭を生やした男――――その名は円堂大介。
「………………………………」
 ミスターKは眉間に皺を寄せてベンチを立ち上がり、後は好きにしろとチームに言い残してグラウンドを出て行った。
 今の自分の立たされている状況が、中学生時代と重なり、息が詰まったのだ。もう決して戻れはしない日々に目を向けられなかった。
「ちぇっ、なんだよアイツ」
 忌々しげに吐かれるオルフェウスの愚痴が、ある意味心地が良かった。こんな勝手な態度を取っても、大介は笑ってくれていたのだ。あの時とは違うのだと思えて、呼吸が穏やかになる。
 ミスターKの背中をしばらく見据えてから、フィディオはチームメイトにフォーメーションの指示を出した。練習が終われば、手早く帰る支度を整えて仲間に告げる。
「俺はこの後、ミスターKに今日の練習報告を伝えに行くよ」
「やめとけよ。アイツが勝手に出て行ったんだ」
「けど、やるべきものを怠って試合で負けたら嫌だろう?」
「………………………………」
 言い返せない仲間に、フィディオはじゃあ、と軽く手を上げてミスターKの元へ向かった。
 ミスターKはイタリアエリアの高層ビルの一室にオフィス兼住まいがある。フィディオは建物に入ると、一階の受付に用件を伝えて部屋に通してもらった。
「ミスターK。オルフェウスキャプテンのフィディオ・アルデナです」
 ノックをしてから中に入る。室内は長い硝子テーブルを挟むようにソファ置かれ、奥の方には大きなデスクと椅子があり、そこにミスターKは座っていた。
「どうした」
 なにか書類を見ていたらしいミスターKは顔を上げ、フィディオを見据える。
「今日の練習の報告をしに来ました」
「そんなものはしなくても構わん」
「ですが、俺はオルフェウスのキャプテンですから、キャプテンとして……」
「そこに座れ」
 ソファに目を送り、座るように促す。
「はいっ」
 フィディオはソファに座り、椅子から立ったミスターKは向かい合わせのソファに腰をかけた。秘書らしき女性が緑茶を二人の前に置いて部屋を出て行く。
 ――――これ、マモルたちイナズマジャパンの宿舎で出されたものだ。
 緑茶を見るなりイナズマジャパンを思い出し、彼らから聞いたミスターKの悪事を思い出す。湯のみを持ったまま、じっと茶の中を見下ろした。
「さあ、話せ」
 ミスターKの声に我に返り、フィディオは練習内容の報告をする。話を聞く間、ミスターKは顎に手を添え、硬い表情で耳を傾けていた。不機嫌な様子ではない、なにかを考えているようにフィディオには映る。
「フィディオ」
「はい」
「左サイドの守備はどうなっている」
「えっ……」
 唐突な問いに、フィディオは困惑して返答を詰まらせる。
「どうなっていると聞いている」
「すみません……」
 詫びるフィディオ。フォーメーションの穴をミスターKは的確に貫いてきたのだ。
「しかし、対策はあるんです」
「言ってみろ」
「はい」
 フィディオの説明に身振り手振りが加わる。途中で話を遮り、ミスターKが言う。
「わかった。もう行け」
「……わかりました」
 フィディオは立ち上がり、会釈をしてから部屋を出る。そうして扉に背を寄りかからせ、額に手の甲をあてた。汗が滲んだ。
 ミスターKは聞いているだけなのにフィディオは彼と話している間、盤上を挟んで駒を動かすゲームの勝負をしている感覚に陥った。彼の一手一手は確実にフィディオを追い詰めていく。敵わない絶対の威圧感を抱いた。手の平の中で転がされるように、フィディオの策は完全にミスターKに読まれていたのだ。ミスターKはフィディオの思考を読み取り、あれ以上話をしても無駄だと判断したに違いない。
 一階に下りてビルを出ると、振り返って見上げる。
「ミスターK……」
 細く呟く。
 ミスターKは初めて出会った時から破天荒で卑怯であった。だがしかし、彼のサッカーへの知識は今まで出会った誰よりも高いと認めざるをえない。フィディオ自身も実力者であるからこそ感じる差を悟った。
 彼の経緯がどうであれ、紛れもなく本物であると本能がざわついた。





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