世界の終わり
肌に触れる風は冷たく、鋭くて、優しさのない厳しいものであった。グレイは愛用の刀を傍らに、底知れぬ闇の先を見据えていた。
巨人の里の宿。夜、グレイは寝室を抜け出して、屋上にあぐらをかいて座り込み、谷の先、イスマスのある場所を見据えていた。サルーインの復活への序曲か、ただの錯覚か、闇は邪悪で胸がざわつく。やけに心音を感じ、肌は熱いのか寒いのか、温度を感じるまでに至らない。
明日、イスマスへ向かって旅立ち、サルーインとの決戦が待ち構えていた。神エロールの代わりに、自分自身が生き残る為に、戦うのだ。勝敗はわからない、戦えと強制されている訳ではない、だが立ち向かわねばならなかった。
「……………………………」
グレイは生唾を飲み込む。喉の辺りが落ち着かないのだ。いや、どこもかしこも落ち着かない。
恐れているのか、武者震いなのかはわからない。心の内などは関係無い。立ち向かわなければならないのだから。
「グレイ」
背後から呼ぶ声がして、振り返ろうとするグレイに“そのままで良い”と止められる。誰かと聞き返す事も無い。声だけで、足跡だけで相手はわかってしまう。
「どうした。明日は早いぞ」
「………うん」
相手―ミリアムはグレイが背を向けているのにも関わらず、頷いてみせる。
「グレイ…」
ミリアムのグレイの呼ぶ声は、どこか寂しそうで、助けを求めているように聞こえた。
「もし…」
「……………………………」
「もし、あたいが」
「……………………………」
「怖いから、行きたくないって言ったら…。どうする」
「!」
ミリアムの言葉の反応に驚いたのは、ミリアム自身であった。
グレイは振り返り、床に両手をついてミリアムを見上げる。目を丸くして、瞳は揺れて、酷く傷付いた顔をしていた。
薄く開かれた唇から、搾り出すように発する。
「そう、か」
震えた声であった。
「ごめん。もし、だから」
ミリアムは膝をつき、座り込んだ。
「グレイが、そんな顔するなんて思わなかった。いつもと同じ顔を見せてくれると思ってた。グレイがいるんだって、確かめたかった。ごめん、あたいは何やってるんだろう」
俯き、詫びると帽子がずれて、音を立てて落ちた。
「驚いたんだ。ミリアムが、そんな事を言うなんて思わなかった。俺こそ、何を考えていたんだ」
グレイは四つんばいでミリアムに近付き、彼女の耳元で彼女だけに聞こえる声で、呟くように言う。
2人とも俯いて、床を見つめたままで顔を合わせようとはしなかった。
「グレイ」
ミリアムはグレイに頭を合わせる。髪の感触がして相手の匂いがした。
「負けたら、世界が無くなるんでしょう」
「負けたら、な」
「もし世界が無くなるギリギリまで、あたいはグレイの隣にいたい」
「縁起でも無い」
「隣にいても、良い?」
「勝手にしろ」
「いつものグレイだ」
ミリアムはおもむろに顔を上げる。グレイもつられて顔を上げた。見合わせる互いの顔は、共に涙を流していた。
「グレイ、泣いてるの?」
「ミリアムだけ泣かせる訳にもいかない」
「なにそれ」
涙声で喉を震わせて笑う。グレイの口元も綻んだ。
「ミリアム、大丈夫だ」
そっと頬を寄せた。口付ける訳でもなく、ただ頬を寄せ、温もりを伝える。
「やっぱり、グレイらしくない」
「どっちなんだ」
グレイは頬を離し、いぶかしげな表情でミリアムを見た。
ミリアムは笑うだけで答えようとしない。帽子を拾って立ち上がり、軽く衣服を叩く。
「ふっ」
グレイは問うのを止め、立ち上がる。
「グレイ」
差し出されるミリアムの手。
「これからも、宜しく」
「ああ。これからも、な」
グレイは固く握り返し、数回振った。
「いたっ、痛い」
「わざとだ」
「もーっ」
膨れるミリアムにグレイが吹き出し、彼女もつられて笑い出す。悲しみと恐れは、拭いきれはしないが、勇気が湧き起こる。大丈夫、グレイの口癖が胸の中に灯る。
笑い疲れて寝室へ戻ろうとすると、ミリアムはグレイが刀を置いたままなのを指摘した。
拾いに行く彼を、彼女は優しい笑みで待った。
グレイ編 ミリアムヒロイン計画。
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