彼女の世界



 アクセサリー店で、クローディアは適当な飾りを手に取った。それを髪に添えて、後ろにいるジャンに感想を聞く。首を傾けて、らしくない可愛らしさをアピールするポーズまでした。
「どう?似合う?」
「はい、とても良くお似合いです」
 ジャンは笑顔で、そう答える。
「そう」
 クローディアは表情を失い、飾りを元の場所に戻した。


 ジャンの答えなど、聞かずともわかっていた。
 ジャンがクローディアを悪く言うはずはないのだ。
 数日前、同じような状況で褒められた事が、嬉しくて堪らなかった。
 どんな顔をしたら良いのかわからず、引き攣ってしまったが、とても嬉しかった。
 なのに、今は何も感じない。苛立ちさえ覚えるくらいだ。


 その数日の間に、クローディアの心に変化があった。
 自分の生い立ちを知る事件があった。
 クローディアはバファル帝国の皇女であった。
 ジャンは帝国の兵士。彼がクローディアを悪く言うはずはないのだ。
 それは仕事なのだから。


 ジャンの優しさは、クローディアを喜ばせる為の演技なのだ。
 あの言葉も、その笑顔も、演技だった。
 彼の一つ一つの行動に、戸惑い、ときめかせ、喜怒哀楽をしていた自分が、惨めだった。
 出会った時から、心の奥底でずっと大切に温めていた想いが、砂時計のように、徐々に流れ落ちていくのを感じた。


 ジャンの笑顔を見る度に、涙が流れそうになるのを堪えた。
 なぜ、こんなにも胸が痛むのだろう。
 なぜ、こんなにも彼を想うのだろう。
 理由などは無かった。


「クローディアさん?」
 ふと、ジャンに声をかけられて、クローディアは我に返る。
 今、どこを歩いていたのかも、時間さえ、考え事をしていて忘れていた。どこにいても、どんな時でも、クローディアに何かがあれば、ジャンは気に掛けてくれた。
「ご気分がすぐれないのですか?」
「大丈夫よ」
 ジャンの耳にのみ届く、細い声で呟く。
「ジャンは優しいのね」
 この先を言ってしまおうか。クローディアは緊張で、手の平に汗が浮かぶ。
「それは。私が、皇女だから?」
「………っ……」
 ジャンが目を丸くして驚くのが横目で見えた。


「クローディアさん、私は…」
「わかってる」
 ジャンの言葉を遮る。
「それだけじゃないのは、わかってる」
 全て、演技では無いのはわかっていた。
 いっそ全てだったら、諦められたのかもしれない。
 全てではないから、期待をしてしまう。そうしてまた、傷付くのだ。
「私は、ジャンの優しさなんかいらない。私は、ジャンの言葉なんかいらない。私は、ジャンに守ってなんか欲しくない。あなたは、何もわかってない。私が、なぜあなたを冒険に連れて行ったのか、わかってない」
 震えるように、首を横に振る。顔はくしゃくしゃに、悲しみに歪んでいた。
「私、あなたがいればそれで良い。何もいらない」
 指輪を手で包み込む。
 こんな指輪、海へ投げ捨ててしまいたかった。けれど、これが無かったら、バファルそしてジャンとの繋がりを失ってしまう。


「クローディアさん、聞いて下さい」
 クローディアの肩にジャンの手が置かれ、はじかれるように彼女は顔を上げる。
「私は、帝国の兵士になりたくて志願しました。あなたを守りたくて旅に同行しました。私は、迷いの森にいるという皇女様に憧れていました。いつか会う皇女様を守れたらと夢を見ておりました」
「幻滅したでしょう?」
「とんでもない。今でも、変わらないのです。あなたを想う気持ちが、変わらないのです。馬鹿みたいに、変わらないんですよ」
「なぜそんな事を言うのよ」
 置かれたジャンの手に、クローディアは自分の手を重ねた。
「酷い人。その首の鎖みたい」
 彼の首に巻かれた鎖のように、この想いを逃してはくれない。罪の意識を感じずに、深みにはめていくのだ。憎らしささえ感じた。しかしそれも、愛おしさに変わってしまう。クローディアの世界がジャンで埋まってしまうのは時間の問題であった。










お前はもう、埋まっている。
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