本当は



 メルビルで、兵士から皇帝が病気との情報を聞き、ソフィアから真相を聞いたジャミル、ダウド、ジャン、クローディアの4人はエロール神殿を後にした。
「クローディアさん」
 ジャンは前を歩くクローディアに小走りで追い付き、横に並ぶ。
「気をお確かに。治す方法はきっとあるはずです」
「私は普通よ」
 クローディアは無表情だった。
「あー…………えーと……ジャミルさん」
 ジャンは困った素振りを見せるが、気を取り直してジャミルと、その隣のダウドの方を向く。
「帝国図書館になら、何か手掛かりをつかめるかもしれません」
「そうだな。図書館へ行くか」
 図書館へ向かおうとする一行だったが、クローディアは足を止めた。
「待って」
「クローディア?」
 ジャミル、ダウド、ジャンは振り返り、怪訝そうな顔をする。


「この依頼、私達がするの?」


「い、依頼って………」
 ジャンは一歩前に出るが、おろおろしている。その姿に、クローディアは一瞬、顔をしかめた。
「陛下が………ご病気なのですよ」
 手振りで表現しようとするが、どこか動きはぎこちない。
「陛下は、あなた様の」
「どうでもいい」
 言葉を遮り、クローディアは言い放つ。
「私には関係の無い事だわ」
「……………………………………」
「……………………………………」
 黙り込むジャン。沈黙が走った。
 雰囲気とクローディアの態度に我慢できず、ジャミルが声を上げる。
「おい、いい加減にしろよクローディア。お前、何言ってんのか、わかってんのか」
 ジャミルとダウドも、クローディアと帝国の事情はジャンから少しばかり聞いており、残りは予想で、だいたい察しが付いていた。
「勝手に調べれば良いじゃない。私は嫌よ」
 そう言い捨てて、クローディアは階段を下りていく。ジャミルの“放っておけ”という声が上の方で聞こえた。




「はぁ」
 手すりを掴み、足取りは次第に重くなっていった。口から出るのは溜め息ばかり。
 こんなはずではなかった。本当は……。
 本心が頭に過ぎると、クローディアは頭を振る。


 すると、誰かの足音がこちらへやってくる。
「ジャン?」
 思わず振り返るが、別人とわかると顔を曇らせた。
「うわ、そのあからさまな態度。傷付くよ」
 苦笑を浮かべる、下りてきた人物はダウドであった。
「何か用?」
 視線を逸らし、呟く。
「あなた、図書館へ行ったんじゃないの」
「おいらは文字、読めないし。ジャミルがね、おいらだけに聞こえる声で、行って来いって」
「そう………」
 背を向けようとするクローディアに、ダウドは話しかける。


「皇帝は、クローディアの……さん、なんでしょう」
 声を潜めて囁く。
「せっかく家族がいるのに、嬉しくないの?おいらは親がいないから、羨ましいなー…なんて」
「だったらあげる」
「そういう訳にはいかないよ」
 はっきり物事を言い過ぎるクローディアに、ダウドは気圧されるばかりであった。
「いきなり家族だなんて言われても困るわ」
「難しいね」
 ダウドは1つ階段を下りて、クローディアに近付く。
「でもクローディアの機嫌が悪いのは、簡単な理由だよね」
「何よ」
「ただ、ジャンの気を引きたかっただけなんでしょう」
 クローディアの顔が、カッと熱くなる。
「全く心配していない訳じゃないんでしょう?なのに、あんな事言って、駄々こねて」
「あなたに何がわかると言うの」
 ダウドの胸に、クローディアは手を置いて押した。
「皇帝に、仕事に、ジャンを取られるのが嫌だったんだ。子供みたい。とてもジャミルと同い年には見えないよ」
「ダウドの方が子供なくせに。何もわかってないくせに!」
 普段の落ち着きを失い、ムキになるクローディアに驚くが、ダウドも負けずに言い返す。
「ジャンだって、わかってないと思うけど」
 ハッとして、彼女の熱は急激に冷めて、俯いた。ジャンの事が絡むと、クローディアの言動はどこかおかしくなる。だから、先ほどの冷たい態度の原因もわかってしまった。
「………………………私、どうすれば言いと思う?」
 ぼそぼそと、か細い声で問う。
「一緒に、手掛かり探そう。それで、ごめんなさいって言おう」
 クローディアは無言で頷いた。




 帝国図書館ではジャミルとジャンが本棚にもたれて座り込んでいる。資料を読むのに疲れ果ててしまったようだ。
 床に本を開きっぱなしに置き、舟を漕ぐジャンに、クローディアは肩を揺らす。
「ジャン。起きて、ジャン」
「ん……」
 とろんとした瞳にクローディアが映ると、一気に目を覚ました。
「く、クローディアさんっ」
 危うく垂れそうだった涎を拭い、その場で正座をする。
「これ………」
 クローディアは手に持った本を開き、ジャンに見せた。そのページのある文を指でなぞる。
「効能って場所…………もしかしたら……」
「おお…これは…!」
 本を受け取り、顔を近付けて何度も読み返す。
「陛下のご病気が治せるかもしれない!やりましたね、クローディアさん!」
 ここが図書館だという事も忘れ、ジャンは大声で喜び、クローディアの手を握り、ブンブンと上下に振った。クローディアの白い頬に赤みが差す。
「………ジャン」
「はい!?」
「……………さっきは、ごめんなさい。ジャミルも、ダウドも、迷惑を……かけたわ……」
「はて、何の事でしょう」
 ジャンは目をパチクリとさせた。
「何の事やら」
 クローディアの背中の方で、座っていたジャミルが伸びをして起き上がる。
「怒って…………ないの?」
「怒る?さあ」
 大あくびをした。彼女の口元が、僅かに綻ぶ。


 目を擦るジャミルに、ダウドは1つの本を開いて見せた。
「ジャミル、おいらここ読めるよ」
「お、なんだよ。睡眠学習か?」
「寝てたのはジャミルでしょう。2人が眠っている間にね、少しだけクローディアに文字を教わったんだ」
 自慢気に言ってみせる。
「俺が教えてやるって言ったら、嫌がったクセに」
「ジャミルはほら、そういう事するから嫌なんだよー」
 本の角で頭を押してくるジャミルに、ダウドはターバンを引っ張り、防御する。それを見ていたジャンが笑い、クローディアは一歩だけ彼に近付き、寄り添った。










クロはジャンに恋しているので、皇帝の病気もそりゃ心配なんだろうけど、グシャグシャしちゃう。
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