騎士と姫
クローディアは今自分の立たされている事態に、幼い頃を思い出していた。
オウルにせがんでせがんで、やっと読んで貰えた一冊の絵本。
本の中身は、捕らわれのお姫様を、騎士が助ける話。
おどろおどろしい魔物がお姫様を鷲掴みにし、剣を構え立ち向かおうとする騎士の絵が印象的であった。
見下ろされる視界の先には、エスパーダ・ロペラを構えるジャンの姿。
クローディアの体は魔物の手に捕まれて、持ち上げられ、圧迫感と痛みを感じている。
絵本の絵と、同じ状況だと、彼女は思い出していた。
だがしかし、絵本は絵本、現実は現実。
ジャンの周りには、倒れて瀕死の仲間達。ジャンも深手を負い、立っているのもやっとのようであった。
それでも彼の瞳は、輝きを失わず、意志を宿している。
クローディアもジャンに応えようと、毅然とした態度で魔物の手から逃れる術を探していた。
けれど、あまりに分が悪い。魔物の力は、今まで戦ってきた中でも圧倒的であった。
もう駄目だと、失意の底に心は落とされてしまう。
「心配ありません」
ジャンの声に、クローディアははじかれるように顔を上げる。
「姫。必ずあなたをお助けします」
「こんな時に、馬鹿ね……」
不意の言葉に、口の端まで上がり、恐怖か可笑しさか、笑い出したい気持ちに声が震えた。
何かをひらめいたように、ジャンの目つきが変わる。構えを変化させ、何かが起こったと気付く頃には、クローディアを捕らえていた魔物の手が、切り落とされていた。そのまま落下するクローディアへ、魔物の懐へ回り込んでいたジャンの手が差し伸べられる。その手を受け取り、2人は味方のいる方まで下がり、床に転がっていた武器をジャンが拾い上げ、クローディアに渡す。
「あなたばかりに良い格好はさせない。巻き返しましょう」
「はい!」
向き直り、連携を発動させ、敵わないと諦めかけた敵に勝つ事が出来た。
戦いは終わり、仲間に治療を施しながら、クローディアはジャンに思っていた事を話す。
「昔、オウルに読んで貰った絵本を思い出していたわ」
「どんな内容なんです?」
「魔物に捕らえられた姫を、騎士が助けようとするの。今思えば、ありきたりな話かもしれない」
「へえ〜、結末はどうなるんですか?」
「助けられるわ」
「じゃあ、さっきとおな…………いえ、その。ははは」
言い掛けた言葉をジャンは飲み込む。クローディアが睨んできたのだ。
「実はですね、私も昔を思い出していたのですよ」
「ジャンも?」
きょとんとして、クローディアは瞬きをする。
「私は今日この日の為に、騎士に志願したんだって」
「さんも嫌だけど、姫はもっとご免だわ。あんな非常事態に何を考えているのよ」
「クローディアさんだって他の事考えていたじゃないですかー。で、その………………助けられた後はどうなるんですか?」
「まだ言うの?」
冷淡な声に変わり、不機嫌そうな顔をした。
「いつか教えてくださいね」
ジャンは笑顔を崩す事無く、優しく言葉をかける。胸の高鳴りに、反射的に俯くクローディアの耳元で、治療中の仲間の咳払いに“はいはいお待ちを”と駆けつけるジャンの声が聞こえた。
絵本で助けられた姫と助けられた騎士は、めでたく結ばれる。
だが、結ばれるまでで、その先は描かれていない。
ハッピーエンドの続き、はたまた結ばれる事が幸せなのか。
クローディアは知りたくもあり、考えたくも無い部分であった。
ベッタベタなものが作りたかった。
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