幸せ
深夜。町の住民から情報を集めてから、ジャンは宿に戻ろうと薄暗い道を歩いた。
宿が見えてくると、彼は目を見張った。テラスから、夜空を眺めている人間がいる。良く見ると、それは女性で、クローディアであった。
ジャンは足早に宿へ向かい、下から彼女に話しかける。
「クローディアさん!」
「………………………」
呼び声に気付いたクローディアが、ジャンを見た。何かを言っているのはわかるのだが、聞こえない。
「もっと、大きな声でおっしゃってくださいませんか!?」
「………………………」
彼女はもう一度言うが、聞き取る事は出来ない。
ジャンはやむなく宿へ入り、クローディアの部屋を回ってノックをした。ドアが開くなり、彼は口を開く。
「クローディアさん!さきほどは一体、何を………」
はぁ。クローディアは溜め息を吐いた。
「寝ている人を起こすわって」
「……………あ………」
恥ずかしさに頬を染める。
「私は夜空を見ていただけ」
「こんな遅くに、ですか」
ジャンはぼそぼそと、声を潜めて言う。極端すぎた。
「眠れないの。少し話がしたいわ。入って」
クローディアはジャンを部屋に招き入れる。彼女はベッドに腰掛け、彼は適当な椅子に座った。
「ジャン。明日もしも、世界が無くなっていたら……そう思うことはない?」
マルディアスは今、サルーイン復活への脅威に包まれており、クローディアとジャンの2人を初め、彼ら戦士たちは日々の戦いに明け暮れていた。
「そんな事にならないように、私たちは戦っているのではないですか」
「わかっているわ」
クローディアは息を吐き、俯く。細められた瞳は、何かを含むように揺れていた。
「魔物が凶暴になっていくにつれ、私はある事をよく思うようになった」
「ある事?」
きょとんとするジャンに、クローディアは顔を上げ、彼を見据える。
「もしも、あの日、私とあなたが出会わなかったら」
クローディアはまた、俯いた。
「………………………」
「……私はずっと森で暮らして、オウルを看取り、後を継いで、世界が滅びるのを運命と受け取って、その日を静かに待つのかもしれないと」
「………………………」
「……きっと、後悔はせずに、幸せな一生だと思っているんだわ。でも、不思議。それは悲しいと思うの。今、いつ命を失うのかわからない戦いをしているのに」
「……クローディアさん」
ジャンは一度目を伏せた後、微笑んでみせる。
「あの日、たとえ私たちが出会わなくても、私たちはいつか出会っていましたよ」
ジャンの言葉に、クローディアはゆっくりと顔を上げ、きょとんとした。
「あれは、偶然ではありませんから」
「………………………」
「私は、あなたを捜しに森へ入ったのですから。そして、あなたは…」
「私は、ジャンに会いにメルビルへ来た」
「ね?ですから、きっと出会っていました」
曇りがちなクローディアの表情に笑みがこぼれる。
「たとえ、どこにいても、私はあなたに会いに行っていたと思うのです」
「楽観的ね」
「それが私の取り柄ですから」
声を上げて笑おうとしたジャンは、時間を思い出して慌てて口を塞いだ。
「では、私は会いに行くしかないわね」
「辛い戦いではありますが……」
言いかけたジャンの言葉に、クローディアは黙って首を横に振る。
「大丈夫。きっと幸せが待ってる」
「クローディアさんも楽観的ではありませんか」
「あなたがいるからよ。ジャン」
微笑んだまま、優しい眼差しをジャンへ向けた。
「……あふ……………」
込み上げた眠気に、クローディアは欠伸をかみ殺す。
「眠くなってきたみたい」
「良かった。では、これで」
ジャンは椅子から立ち上がる。
「そうね。お休みなさい、ジャン」
ドアを開け、部屋を出ようとすると、クローディアが帽子を取る所が僅かに見えた。
バタン。背中で押すように、ドアを閉めた。
「今度は俺が眠れないよ…」
呟いて、欠伸をかみ殺した。
クローディアの仕種の一つ一つが焼きついて、頭から離れない。
2人とも互いに興味があったからクロ編があるんだと思う。
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