紅
クローディア一行は町へ辿り着き、宿でチェックインを済ますと、各人自由行動を取る事となった。仲間はジャン、グレイ、ジャミル、バーバラ。口には出さないが、頼れる大事な存在である。
ジャミルとバーバラはアクセサリー店へ入り、品物を物色していた。アクセサリーの他に、化粧品も揃えられており、お洒落に気を遣う2人は盛り上がる。
「ジャミル、このマニキュアどう?」
バーバラは気に入ったマニキュアの瓶を1つ取り、ジャミルに見せた。
「姐さん。派手すぎないか?」
「そーお?」
「こういうのはさ、もっと若…………あたたたたたた」
「口が緩んでいてよ」
禁句を口に出そうとしたジャミルの両頬を、バーバラは張り付いた笑顔で引っ張る。
「じゃあこれ、あの娘にあげなさいよ」
「あの娘?」
「幼馴染の、あの娘よ。わ・か・い・んでしょ?それにこの後、エスタミルの方へ行くじゃない。久しぶりなんだから、お土産ぐらい持っていってあげなさい」
バーバラの言葉は不思議な説得力があり、ジャミルは乗せられていく。
「そうだなぁ。ファラだけじゃダウドが拗ねちまうから、アイツにも何か買ってやるか」
口元を綻ばせ、アクセサリーに手を伸ばす。エスタミルへ行くと仲間達で決めてからというもの、馴染みの友人に会うのが楽しみで待ち遠しかった。
「こういうのもあるよ」
バーバラも土産選びを手伝い、目に付いた品を指差す。
「お、良いねえ」
2人が選ぶ品は、ダウドとファラが後ずさるくらい、けばけばしいものであった。装飾品の趣味で意気投合してからというもの互いに磨き合い、彼らの服飾はより派手に、煌びやかになっていく。もはや他の仲間たちはついていけず、別次元の世界を見るような目である。
「ねえ」
ふと後ろから声をかけられて、ジャミルとバーバラは振り返る。そこにはクローディアが立っていた。背を伸ばして、2人の間にあるものを覗こうとしている。
「何してるの」
目をパチクリさせて、一言言う。
「アクセサリー買おうと思って」
「2人とも光物が好きね」
「「好き」」
即答であった。ジャミルのピアス、バーバラのネックレスが店の宝石類の光に照らされて、鈍く魅惑的な光を放つ。それに比べてクローディアは、ワンポイント程度の宝石類は身に着けているものの、化粧はしておらず、ジャミルとバーバラから比べれば随分地味に見える。
飛んで火にいる夏の虫とは言ったもので、2人はクローディアを“お洒落仲間”に引き入れる案をアイコンタクトした。止めてくれる騎士ジャンと、自分道を突き通して調子を狂わせるグレイはここにはいない。格好の鴨であった。
「ねえクローディア、化粧してみないかい?」
ふふっ。バーバラはふわりと笑う。背景に花が舞いそうな柔らかな雰囲気を醸し出した。
「そうだよ、化粧してみろって」
ははっ。ジャミルは爽やかに笑う。真っ白な八重歯がキラリと光りそうな勢いだ。
「なんで?」
無表情で、クローディアは呟く。
むふっ。バーバラとジャミルは顔を見合わせ、ニヤリと口の端を上げた。
「なんでって、目立つじゃない?」
「みーんな振り返るぜ」
夢見心地に手を合わせて頬の横に添える。そうしてクローディアの方を向き、声を揃えた。
「「ジャンとか」」
ジャンの名前に、一瞬だけクローディアが目を丸くしたのを、2人が見逃すはずもない。
「ジャンは、いつもいるわよ」
返ってきた言葉に逆に2人はギョッとした。傍にいるのが当たり前のような、凄まじい自信である。本人は無自覚らしいが。
「でもクローディア。もしお姫様みたいな綺麗な娘がいたら、ジャンはそっちばかり見てしまうかも」
お姫様という単語に、クローディアは眉をひそめる。皇女としてジャンに自分を見て欲しくない彼女にとっては、十分に心を揺り動かす。
「やっぱ綺麗だと嬉しいし、な」
うんうん。ジャミルは腕を組んでしみじみと頷いて見せた。
「嬉しい?」
「そう。クローディアが綺麗だと、ジャンはきっと嬉しいはず」
「ジャンが、嬉しい」
口に出して、僅かに綻ばせた。
「どうすればいいの?」
話に乗ってきたクローディアに、バーバラとジャミルの瞳がギラリと光る。
「まず、口紅ね!」
素早くバーバラが口紅を取って見せた。
「アイラインも引いてみろよ!」
続いてジャミルがアイシャドーを持ってくる。
「あなたたち、生き生きしてるわね」
他人事のように言うクローディアだが、なすがままに化粧を施されていった。
その頃、ジャンは足りない備品を揃えに、店を回っていた。グレイと一緒に行動していたのだが、彼は骨董品屋に興味を示したらしく、ずっと店の前に立って動かないので、一言かけて置いて来てしまった。
「おっ」
思わず声を上げた視線の先にあるのは果物屋。クローディアの好物の果物が売っていた。
「1つ買っていくか」
彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると、知らず知らずの内に、自分も笑顔になってしまう。取り出した財布はポケットマネー。仲間内の共通資金ではない、彼の彼女への内緒のプレゼントであった。
ジャンの買い物をする店を挟んだ通路では、変貌を遂げたクローディアが彼を捜していた。イメージチェンジの荷担をしたバーバラとジャミルは、ステルスと忍び足を駆使して後を付けていた。彼ら曰く、最後まで見届けたいとの事である。
「ジャン、どこ…」
クローディアは辺りをきょろきょろと見回す。早く見つけて、宿へ戻りたかった。アクセサリー店を出てからというもの、他人の視線が妙に気になるのだ。
本人達は派手だが、バーバラとジャミルの化粧のテクニックは素晴らしく、クローディアの地の顔を活かし、嫌味の無い美しさを引き立たせていた。元から美人な事もあり、さらに綺麗になって目立つようになれば、滅多に見かけないであろう美女となり、町の住人からは奇異の目で見られてしまう。幻でも見ているかのような現実感の無い、浮いた美しさ。それは神秘的で近寄りがたく、人を離れさせた。クローディア本人にとっては気分が悪い。
「ジャン」
心が次第に心細くなっていく。バーバラとジャミルはいなくなってしまい、一人ぼっちだった。慣れない化粧をされた違和感と期待が混ざり合い、不安な気持ちに拍車をかける。もう嫌になり、角を曲がって進んだ道を通ってジャンがいなければ、このまま宿へ戻ろうと思った。
「あ!」
角を曲がると、ジャンを見つけた。クローディアは沈んだ心が一気に跳ね上げて、顔が明るくなり、健康的な美しさに彼女は輝く。目当ての彼は果物店で果実を手に取り、店主と会話をしていた。
「ジャン」
小走りで、真っ直ぐジャンの元へ駆けていく。人の中を分けて進み、一心に彼を追う。
ジャンは聞き慣れた声で名を呼ばれたような気がして振り向くと、クローディアと目が合った。けれどもそれは一瞬の出来事で、彼女は勢いを付けすぎて、蹴躓いてしまう。
転ばないように支えようと歩み寄ったのだが、抱き寄せるようにクローディアを受け止めてしまった。咄嗟の行動での事故とはいえ、禁忌の恋心に胸が高鳴る。胸元に、彼女の顔の感触がした。
「く、クローディアさん。大丈夫ですか?」
身体を離し、見下ろす。
「え……………?」
クローディアはぽかんと口を開けて硬直した。ジャンの白い上着に、自分の顔型に化粧が付いてしまっていた。
「え、ええ、え」
混乱した。服の汚れを落とせばいいのか、恐らく変になっているであろう自分の顔を隠せばいいのか、どうしたら良いのかわからないのだ。
「クローディアさん?」
何かクローディアの顔に付いている。手を伸ばそうとするジャンに気付いて、クローディアは片手で自分の顔を、もう片方で彼の上着を隠した。
「見ないで」
「は?」
「後でそれ、洗うから。見ないで」
「そ、そんな事言われましても」
ジャンまでもが困り果ててしまう。
そんな2人の立つ所へ、隠れていたバーバラとジャミルが見兼ねてやって来た。
「まさか、こんな事になっちまうなんてよ」
決まり悪そうに頬を掻く。
「クローディア。化粧落とすモノがあるから、宿へ戻りましょう。ね?」
バーバラは諭すように、クローディアの肩に手を置いた。
「ここにいたのか」
とうとうグレイまでもがやってくる。偶然彼らの姿を見つけたのだ。仲間全員がこの場所に集結してしまった。
「ん?」
グレイには怪訝そうな顔をする。クローディアが誰だかわからない。顔を隠しているうえに、ジャミルが影になって良く見えない。
「そいつは誰だ?」
「「「お前こそ誰なんだ!」」」
グレイの問いに、ジャン、ジャミル、バーバラは言い返す。
グレイの姿は骨董品屋で揃えた珍妙な防具で覆われていた。
クローディアはメイクはあんまりしていないと思う。
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