魔女



 クローディアは眠りから覚め、重い瞼を開けると天井が見える。ここは宿の一室。彼女は熱を出してベッドで寝込んでいた。
 薄く口を開けると、熱い息が吐かれる。熱はまだ引いていない。唇が乾いている。舌で下唇を舐めて濡らした。コツコツと鳥が木を突くような、小さな音が聞こえる。耳を澄ますとそれはドアの方からしており、ノックの音だと気付く。
「どうぞ」
 クローディアが呟くように言うと、鈍い音を立ててドアが開いた。
「お目覚めですか?」
 隙間からジャンが顔を覗く。
「入っても宜しいですか」
「ええ」
 返事をすると、ジャンがトレイを持って中へ入ってきた。良い匂いがする。何か食べる物を持ってきたようだ。


「それ、どうしたの?」
「スープです。厨房を貸してもらって作りました」
 ジャンはベッドの近くにある椅子に腰掛け、トレイを膝の上に乗せた。
「あなたが作ったの?」
「はい………お口に合わないかもしれませんが」
「食べてみなければわからないわ」
 手を差し出し、クローディアはスープを受け取る。


「悪いわね。私のせいで足止めを食らって」
「無理が祟ったんですよ。ゆっくり休んで下さい」
「……………………」
 あなたは私に気を遣いすぎる。
 喉の方まで込み上げる言葉を飲み込んだ。
 優しいジャンが好きだった。けれど、ジャンに優しくされる度に心が痛み、彼を遠くに感じた。


 スープと共に、心のわだかまりを胃の中へ押し込める。
 熱すぎず、温すぎず、その適温が彼らしいと、また心が痛んだ。


「美味しいわ」
「ほんとですか。ああ良かった」
 ジャンはオーバーリアクションに胸を撫で下ろしてみせる。




「あら、もう夜なのね」
 顔を上げた先に見える窓の外は真っ暗であった。
「カーテン閉めましょうか」
 椅子を引き摺って立ち上がるジャン。窓の方まで歩いていき、カーテンを閉める。


「オウルも、私が風邪をひくとスープを作ってくれたわ」
「オウルがですか?」
 ジャンは振り返った。
「野菜と野草がたくさん入ってて、凄く苦いの。でも…温かかったわ」
 俯くと、スープにクローディアの顔が映る。ゆらゆらと揺れて、くしゃくしゃであった。
 もうオウルはいない。酷く昔のようで昨日のように鮮明に悲しみが残る。今でも、スープに浮かぶ自分のように、くしゃくしゃになるまで泣き出したくなる事があった。




 こちらへ戻ってくるジャンの足音が聞こえる。椅子に座り、木の軋む音と共に、ごろっと何かが落ちる音が耳に届く。
「なに?」
 横を見ると、ジャンが何かを拾っている。
「スープの材料を買った時に、おまけで貰ったんです」
 拾ったものをクローディアに見せた。それは小さくて丸い果実であった。
「手が空いてなくて、ジャケットに入れたままでした。もう1つあるんですよ」
 ほら、と手首の裾から果実を取り出してみせる。その様を見るなり、クローディアはくすくすと笑い出す。


「ジャン、オウルみたい」
「わ、私がですか?」
 思わずジャンは自分を指差した。
「オウルはスープの他に、何か欲しい物は?って聞いてくるの。そうして私が言ったものを、さっきのジャンみたいに手の中から出して見せるのよ」
 ジャンの手の上の果実を取って、自分の手の平に乗せ、手首を動かす。
「どうしても真似したくてやってみたけれど、出来なかったわ」
「クローディアさんはオウルが大好きなんですね」
「当たり前じゃない」
 クローディアがジャンの目を見つめてくる。熱のせいか、彼女のその瞳は潤んでいるように見えた。
「厳しくて、甘えさせてはくれなかったけれど、魔女でも、育ての親だったわ。一度でも呼んでみたかった………」
 お母さん、と。その名を呼ぼうとすると、何か込み上げるものがあり、言う事は出来なかった。


「ジャンはずるいわね。あなたといると、私ばかりお喋りになって嫌だわ」
「あ………いや…………」
 そんな事を言われても困ってしまう。ジャンは愛想笑いを浮かべた。
「おかわり」
「え?」
「おかわりが欲しいわ」
 スープの皿を傾けて、空になっている事を見せる。
「は、はい。ただいま持って来ますね」
 ジャンは勢い良く立ち上がり、部屋を出て行く。その後すぐに戻って来て、皿を持ってまた出て行った。


「慌て者ね」
 開けっ放しのドアを眺めて苦笑する。ジャンと話をしたせいか、体が温まり、熱も下がっていた。
 1人残された部屋で、オウルを失った悲しみが急に押し寄せてくる。クローディアは1人涙を流した。










クローディアがOPでオウルって呼んだ時の声を聞いて、とてもオウルが好きなんだなぁと思ったので。
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