例えば2人が
道に敷き詰められた石が、精微されたものに変わっていく。町に近付いてきた証拠である。この先はメルビル。うるさい町、ジャンの勤めている宮殿のある町、クローディアの父が治める町。クローディアにとってあまり寄りたくない町であった。
「ジャン」
クローディアは後ろを歩くジャンに、振り向かずに声をかける。
「どうして帝国の兵士になったの?」
「メルビルの町を守りたいからですね」
すぐに答えが返ってきた。胸がちくりと痛む。今の一言だけで、彼がいかにメルビルを愛し、親衛隊である事への誇りを持っているのかがわかったからだ。
バファルの地へ赴く度に、何かがクローディアへ選択を迫る圧迫というものを感じた。自分はどう、この地と向き合うべきか。旅は永遠に続くものではない。いつか終わり、答えを出さねばならない時が来る。まだ答えはわからない。いや、考えるまでの心の準備が整わない。だから、寄りたくない。
「ジャン」
「はい?」
「例えばの、話よ…」
クローディアは一息間を空けて、話し出した。
「ジャン、あなたは親衛隊じゃなくて、ただのメルビルの住人で、迷いの森で魔物に襲われるの。助けにやってくる私は、森の番人というのは仮の姿で、正体はこわーい魔女なの。
助け出されたあなたは、私の名前を聞くの。2人は一目でお互いを気に入るのよ。魔女はあなたに魔法を掛けるの。森から出たくなくなる魔法をね。そして2人はシリル神の祝福を受けて、森で幸せに暮らすのよ」
立ち止まり、クローディアは後ろを振り返る。
「どう?完璧でしょう?」
首を傾けた。長い髪が揺れる。
「…………………」
ジャンは困惑した表情で、返答に困った。
くすっ。クローディアは口元を綻ばせる。
「ジャン、ここは笑う所よ。だって冗談だもの。つまらなかった?」
「クローディアさん…」
一歩前へ出るが、かけるべき言葉が見つからない。
「サルーインを倒したら、ジャンはメルビルへ戻るんでしょう」
「はい」
「あなたがいる場所だったら、私も行きたいと思っているの」
「ほっ…本当ですか?」
驚くジャンに、クローディアは口に手を添えて笑う。
「まだ、考え中だけど」
背を向け、歩き出した。
「あなたのご自由に、なさって下さい」
良く通るジャンの声が響く。
ありがとう。
唇を動かすだけで、声が出なかった。
空を見上げると、雲ひとつ無い晴天の空が広がっていた。
例えば2人が、兵士でも皇女でも無かったのなら、全てが終わった時、この空の向こうへ抜け出したかった。運命のしがらみを抜けて、誰も知らない地へ旅立つのだ。この先には、きっと幸せが待っているだろうから。
所詮、例え話だ。クローディアは目を瞑り、開けた後、前を見つめた。
クローディアが皇女じゃなかったら、オウルの跡を継いで魔女になったんじゃないかと思ったり。
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