案内



「相変わらず、うるさい町ね」
 メルビルに着くなり、クローディアはそんな事を呟いた。
「お嫌いですか?」
 ジャンが問う。
「嫌いとは言っていないわ」
 帽子のつばを摘まんで答える。


「ジャン」
「はい?」
「メルビルを案内して欲しいの」
「……………はい?」
 クローディアの意外な願いに、ジャンは目を白黒させた。
「クローディアさん、メルビルへは何度も」
「いけない?」
 首を傾げ、ジャンの顔を見上げてくるクローディア。大きな瞳がきょろりと動く。
「そういう訳では無いのですが」
 クローディアの意図が見えず、ジャンは頬を掻いた。
「じゃあ良いじゃない」
 そう言って、クローディアはジャンの後ろへ回る。
「はぁ」
 仕方なく、大階段を上って2階へ向かった。


「…………………………」
 ジャンは道に沿って歩く事にした。後ろの方ではクローディアの足音が聞こえる。付いて来てはくれているようだが、どんな表情をしているのかわからないので、このまま歩き続けて良いのだろうかと不安になる。
 それに、いつもクローディアの後ろを付いていく形で旅をしていたので、自分から率先して前を歩く事はほとんど無かった。慣れずに落ち着かない。
「あなたの後ろを歩くのは、新鮮だわ」
 クローディアが口を開くと、ジャンの肩が上下する。
「私が前を歩いている時、あなたが付いて来てくれると落ち着くの。後ろを歩く時はそうね…楽しいわ。わくわくするの」
「は、はぁ」
 相槌を打つしかなかった。ジャンにとってクローディアはミステリアス、不思議と神秘の存在であった。


「メルビルはグレイに案内をしてもらったわ。でも……。ジャン、私は何の為にあの日宮殿へ来たと思うの?」
「…………………………」
 ジャンは立ち止まり、振り返る。クローディアの視線と交差し、しばし2人は無言で見つめあう。遠い、波の音が聞こえた。
「あなたに会いに来たのよ」
 すう。クローディアは息を吸う。
「ジャンがメルビルへ遊びにおいでって言ったから、来たのよ。あなたが呼んでくれたから、あなたとお話をしてみたいと思ったから…メルビルの………事とか…」
 徐々に声が小さくなっていき、クローディアは視線を逸らした。
 一言口に出したら、言い出したい言葉が溢れ出して止まらない。溢れ出せば溢れ出すほど、胸は苦しくなった。
 ジャンを一目見て、悪い人間ではない事がわかった。面白そうな人だと思った。また会ってみたいと思った。もしかしたら、メルビルの町を案内してくれるかもしれないと期待した。面白おかしく案内してくれるのではないかと期待した。もしかしたら、仲良くなれるかもしれないと思った。こんな事を思ったのは、初めてであった。なのに、期待ははずれてしまった。
 一言文句を言ってやりたいと思っていたのかもしれない。それが溜まりに溜まって、溢れてしまったのか。


「ごめんなさい……仕事だったのよね。わかっているわ……」
 頭を振り、道の端へ寄ろうとする。
 だらんと下がったクローディアの手を、ジャンが掴んだ。
「私も、あの時、あなたの事を案内するつもりでしたが」
 ジャンの言葉に、クローディアは顔を上げた。その顔にはっとして、ジャンは思わず掴んだ手を離そうとするが、クローディアは握り返す。
「じゃあ………案内を、続けて…………」
 声が震えた。
「でも……」
「何度も言わせないで」
「はいっ」
 パッと顔を輝かせて、ジャンは返事をする。
 その後で手を離そうとするが、クローディアは離してはくれなかった。


 手を繋いだまま、横に並んでジャンとクローディアは、メルビルの町を歩く。ジャンが人目を気にする素振りを見せると、クローディアが睨んでくるので、事情を知るものに見つかった時は見つかったで、諦めるしかない。
「ジャン」
「はい?」
「あなたの隣を歩くと……………ううん………」
 クローディアは1人小さく首を横に振り、口元を綻ばせた。
「そういえば、ジャンとグレイは友達なんでしょう?」
「ええ、親友なんです」
 しばらく会っていないグレイの顔を思い出して、ジャンは自然と笑みになる。
「グレイから、あなたの事をよく聞いたわ。仲が良いと、お互いの事を良く知っているんでしょう?」
「そうですね」
 何か余計な事をクローディアに話していないか、一抹の不安が残るが、聞くのも怖いものがある。
「私も、あなたの事を知りたい」
 呟くように、クローディアは言う。
「でもクローディアさん、グレイから…と」
「あなたの言葉で、あなたの事を話して欲しいの」
「…………………っと………」
 ジャンは顔が熱くなり、視線を忙しなく彷徨わせ、戻しても言葉は見つからなかった。
 流暢な方だと思っていたが、クローディアを前にすると、言葉を失ってしまう。彼女と共にいればいるほど、有りと有らゆる物を吸い取られてしまう。彼女に全てを奪われた後、何が残るのか。


 クローディアの手を繋いでいる指の一つが、彼女の指輪に触れた。気付かれぬように、そっと指を動かし、触れないようにした。










ジャンの案内を終える頃には、クロも口調がうつっていたりして。
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