夢の先



「ジャン、あなたまだその話を信じているの?」
 モニカは口を押さえて笑うが、堪えきれずに声を出した。
「そんなにおかしいか?」
 ジャンの肘の横にあった、グラスの中の氷が音を立てる。
 2人は町外れの酒場で、カウンターに並んで杯を交わしていた。昔は良く飲んでいたものだが、モニカが連絡員になってからというもの、機会は減ってしまった。こうして飲むのは久しぶりである。


「私以外に言ってはダメよ。笑い者にされる」
 グラスを唇に付け、含んだ後、テーブルに置いて紅の跡を擦って拭う。
「訓練生の時からそうだったわね。口を開けばその話」
 頬杖を突いてジャンを見る。半眼になる瞳は、昔を懐かしんでいるようだった。
「迷いの森に、皇女様がいる」
 ゆっくりと囁くように言う。淡い明かりに、唇が濡れたような光を放つ。モニカの後をジャンが続けた。
「騎士になったら姫を魔女の手から救って、メルビルへ連れ出すんだ」
「そうそう、そうだったわね」
「そして姫を守る為に、帝国最強の剣を振るうのだ!……か?」
「ジャン、大真面目なんだもの」
 テーブルに突っ伏して、モニカはまた笑う。


「全然変わってないのね」
「ああ。だって、俺の夢なんだぞ?」
 ジャンは自分を指差した。
「帝国随一の剣の使い手の、騎士志望理由が噂話だなんて」
「俺は本当の話だと信じている」
 ついムキになってしまう。
「はいはい、わかったわ」
 椅子を引いて座り直した。


 ジャンが噂の皇女の事を話している時、輝く物をモニカは感じていた。楽しそうに、希望溢れる未来を語る姿は魅力的で、元気を分けてもらえる。この時の彼が、一番好きであった。だがしかし、その夢の先に自分の居場所を思うと寂しく、矛盾が胸に疼く。


「ジャン」
 モニカは名を呼び、話を遮った。
「女を退屈させてはいけないわ」
「すまん。俺ばっかり話していた」
 頭に手を当て、ジャンはばつの悪そうな顔をする。
「1つのものに集中すると、そればかり。皇女様にせっかく会えたとしても、嫌われてしまうわよ」
 ぐさっ。ジャンの心臓に槍が突き刺さった。
「おー、モニカは相変わらずだなぁ」
 胸を押さえて見せ、苦笑を浮かべる。
「もし噂話が噂話のままだったら、私がジャンをお婿さんにしてあげる」
「プロポーズ?」
「ふふっ」
 モニカは笑うだけで、真意はわからない。アルコールが回り、ぼんやりとする脳裏に浮かぶのは、まだ見ぬ麗しい皇女の影であった。










ジャンは出会う前からクローディアに恋をしていたと思う。
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