朝日
「ジャン、一体どうしたのよ……………」
クローディアは欠伸を噛み殺す。
「もう………少しですから!」
ジャンは地平線を見張る。
2人は今、宿の屋根の上に座り込んでいた。下では仲間達が眠っている。ジャンが朝日を見ましょうよと、クローディアを連れてきたのだ。空はまだ暗く、太陽は顔を出さない。
「こないだ絶景の所へ行って、皆で見た時、あなた寝ていたじゃない」
「そ、それは。それ、なんですけど」
「変な人。ここでは、ただの朝日しか見えないわよ」
どことなく可笑しいジャンの横顔を、クローディアは涼しい顔で眺めた。
「あふ…」
欠伸をまたすると、眠気で体が揺れる。
「ね、寝てはいけませんっ」
「うるさいわね。起きているわよ。あふ…」
口を手で押さえ、涙目になりながら座り直した。
「あ!」
ジャンはいきなり立ち上がり、危うく屋根から落ちそうになるが、バランスを保つ。
「朝日が、出てきました!」
指を差して、満面の笑顔でクローディアに笑いかける。
「あら」
ゆっくりと立ち上がり、朝日を眺めた。
「クローディアさん」
「なに?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「……………………」
クローディアは目をパチクリと瞬きさせる。
「出過ぎた真似だとはわかっています。私の勝手な我侭だと……あなたを寝不足までさせて……。ですが、一年に一度しか無い事ですから…………一番初めに、伝えたくて」
瓦に視線を落とし、ジャンは決まりが悪そうに、後ろ頭をいじりながらぼそぼそと言う。
「その……ジャン」
「はい、なんでしょう!」
クローディアの声に、直立不動になって彼女の言葉を待つ。
「今日、私の誕生日なの?」
「は………?」
思わぬ言葉に、ジャンの目が点になる。
帽子のつばを摘まむように触って、ぽつりぽつりと話し始めた。
「知らないのよ………だいたい季節が一周すると、年を足していったから。私はてっきり拾われた日だと思っていて……オウルも知っていたみたいだけど、はっきりとした日にちを聞いた事は無かったわ」
「そうなんですか…。クローディアさんのお誕生日は、メルビルの常識となってますよ」
「そうなの………」
帽子のつばを触り続ける。
「何か…あるの?誕生日だと」
「クローディアさんが生まれた、大切な日ですよ」
「でも、私が生まれなければ、継承問題で誰も狙われる事は無かった」
「クローディアさん」
ジャンはクローディアの肩を押さえ、振り向かせた。見据えてくる表情は、とても真剣なものであった。
「それは違います。あなたの命は、それだけ価値のある………」
「価値なんて、いらない」
「ええと………どう言えば良いのでしょうか……。なんてことだ……」
額に手を当てて、考える。
「クローディアさんが生まれなければ、私は出会う事は無くて。とても大事な事で………私は考えられないのです…………あなたのいない人生など………。上手く、言えないのですが」
「そう……」
呟くクローディアの頬に、赤みが差した。
「そうだ!………いえ、そうでした」
ジャンは何かを思い出したようで、ジャケットの中を探り出す。
「お気に召すか…………どうぞ、私の気持ちです」
クローディアの手を取り、何かを握り込まされる。
そっと開くと、それは花をかたどった飾りであった。
「これ、私に?」
「はい。花の名前はわからないのですが、迷いの森に良く咲いていて………クローディアさんに似合うと思ったので…………」
「私も、名前は知らない。でも、好きな花だわ」
髪飾りを持ち上げて、朝日にかざすとキラキラと輝く。
宝石などに興味は無いが、この飾りは気に入った。特別であった。
「あの…………有難う……で、良いのかしら。あの………嬉しいわ」
俯き、ジャンの顔をチラチラと眺めながら、クローディアははにかんだ。
「ああーっ、良かった!私も嬉しいです」
ジャンは胸を撫で下ろす。
「ねえ、ジャン」
クローディアは帽子を取り、髪を整えながら言う。
「これ、付けて」
髪飾りを渡し、横を向いた。
「ど、どこにお付けしましょうか!」
緊張で手が思うように動かない。震えまで出て来た。
「上の方が良いわ。もっと、上の方」
「この位置ですと、帽子に隠れてしまいますよ」
「それで良いの。今日は、誰にも見せたくないの。独り占めにしたいの」
「…………………」
ジャンは何度も角度を変えて、位置を定めながら、髪飾りを付ける。
「…………………」
クローディアは向き直り、2人は向かい合う。何も言わずに、立ち尽くした。
今、言葉はいらなかった。存在だけで、鼓動だけで、気持ちが伝わってくるのだ。
クロさんの誕生日はパトリック様が仕切るのだろう。
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