南エスタミルの食堂で、グレイ、ガラハド、ミリアムの3人は食事をとっていた。
 明るい雰囲気の中、おもむろにグレイはナイフとフォークをテーブルに置く。



落し物



「どうしたんだいグレイ」
 ミリアムが手を止めて、顔を上げた。
「………………………?」
 物を噛みながら、ガラハドも顔を上げる。
「ガラハド、ミリアム。実は、重大な話がある」
 無表情なグレイから、緊張したオーラが漂う。


「ふうん。……………で?」
 気圧される事無く、ミリアムはグレイの言葉を待つ。
 先ほど、依頼を解決して来たので、ミリアム、そしてガラハドも上機嫌で心に余裕があった。
「……………………………」
 思わせぶりな事を言った割には、なかなか話そうとしないグレイ。
「ほら、言ってごらんよ」
「…………だ」
「だ?」
 ガラハドが首を傾げた。
「…さ…………………いんだ…………」
「「はぁ?」」
 2人は耳に手を当て“聞こえませんでした。もう一度言ってください”のポーズを取る。


「財布が無いんだ」
 パーティの財布はグレイが全て預かっていた。
 ほんのつい最近からであった。財布は一括して、纏めて持つ事に決めてしまったのだ。


 ガタッ!
 ミリアムとガラハドは同時に立ち上がり
 バンッ!
 片手をテーブルに置き
 ピシッ!
 グレイの額へフォークを突きつけた。


「「はぁ?」」
 同じ事を言う2人だが、今度はすごむ勢いで目も据わっている。
「まぁ……良く聞け」
 グレイは両手を軽く上げ、降参のポーズを取った。
「はいはい、良〜く聞いてやるよ」
「そうだな、聞くだけは聞いてやろう」
 2人はフォークを下ろす。
「「聞くだけならな(ね)」」
 だが、釘を刺すことは忘れていない。


 グレイは呟くように、財布を無くした状況を語り出した。
「きっと南エスタミルに入った時だ。誰かにぶつかって、それから軽くなったような気がする。店に入って確かめたら、財布は無くなっていた……」
「南エスタミルだからねぇ……物取りがうろついているから、有り得ない事もないけれど」
 ミリアムは北エスタミル出身のせいか、南への偏見が言葉の節々に滲み出てしまう。
「グレイがただ道に落としたかもしれんぞ」
「それは断じてない」
「「……………………………」」
 言い切るグレイだが、彼を見るガラハドとミリアムの目は完全に疑いの眼差しであった。
「じゃあ、ぶつかった奴の特徴言ってごらんよ」
「帽子か何かを被っていた」
「クジャラートは帽子を被っている人間多いよ。あたいだって」
「男だ。大柄で、髭を生やしていた」
「………………特徴はわかったが、どこにでもいそうだな…」
 グレイ、ガラハド、ミリアムの3人は、腕を組んで同時に唸る。


「それより」
 ミリアムは急に小声にさせ、2人へ手招きした。グレイとガラハドは背を丸め、耳を寄せる。
「……勘定、どうすんの?」
 はっ。反射的に彼女の言葉を聞いた2人は顔を上げる。
「あたい、こんだけしか持ってないよ。グレイに預けちゃったし」
 ミリアムは、なけなしの金をテーブルに出す。
「私もこれぐらいだ」
 ガラハドも持っている金を出した。
 2人合わせても、本当に僅かな金にしかならない。
「ふっ」
 あまりの金額に、グレイは思わず鼻で笑ってしまう。
「あんた自分の立場がわかってないようだね」
「すまん。つい、だ」
 その“つい”が腹立たしいミリアムとガラハドであった。




 仕方なく、店長に平謝りをし、彼らは皿洗いをして食べた分を払うことになる。
 流し場で、エプロンを付けた3人は肩を並べて皿洗いを行う。
「この上ない屈辱だ……。神に申し訳が立たない」
 ガラハドは険しい顔をし、心の中で神に懺悔する。
「ミリアムの色仕掛けが通じれば良かったのだが……」
「何を無謀な」
「あんた達、炭になりたいようだね」
「「めっそうもない」」
 ミリアムの一言に、グレイとガラハドは肩を竦め、私語を慎んだ。




「散々な目に遭ったよ」
 ミリアムを先頭に、皿洗いを終えた一行は店を出る。
「おい…」
 ガラハドは何かに気付いたらしく、素早くグレイとミリアムの肩を叩く。
「あれは……グレイの言っていた男じゃないか?」
 指を差す先に見えるのは、2人組の背中。1人は大柄な男、もう1人はゲッコ族。男の方は帽子を被っており、目を凝らせば髭も生やしているようであった。ホークとゲラ=ハである。
「いかにも……賊……な感じだね。どうなんだいグレイ」
「もしかしたら、そうかもしれない」
 話し合いながら、彼らは路地の隅に身を隠して進み、2人組を尾行する。
「何か手を打たないと、町を出てしまうのではないか」
「では言い出したガラハド。行け」
 グレイはすかさずガラハドを指名した。
「貴様が盗まれたのだろう!?なぜ私なんだ!」
 声のボリュームを下げて、ガラハドは猛反対し出す。
 誰も好き好んで賊などに関わりたくはない。いかにも犯罪を繰り返してきたような風体で、虫の居所が悪ければ即剣を振るいそうだと、彼の頭の中では物凄い勢いでホークの傍若無人なイメージが暴走を始めていた。
「俺は顔が知られているかもしれん…」
「む…」
 上手く言い包められた感じもするが、グレイの意見は最もである。
 グレイも関わり合いになりたくはなかった。どんなこじつけをしてでも、ガラハドに押し付けたい一心であった。
「くっ…」
 歯を噛み締め、ガラハドは1人、2人組へ近付く。身を潜めてグレイとミリアムは様子を伺う。


「あー、ちょっと良いか」
 無駄に爽やかな笑顔で、ガラハドは2人組を呼び止める。
「ん?」
 ホークとゲラ=ハが振り返った。振り返れば、眼帯、刺青、分厚い筋肉。予想以上に恐ろしく、ガラハドに悪寒が走る。
「聞きたい事があるんだが」
「おう、なんだ」
 気持ちの良い威勢で、ホークは頷いてみせる。


「アムト………神殿はどこだろうか?」


「神殿?」
「それは私が」
 隣にいたゲラ=ハが親切丁寧に道を説明し、ガラハドはペコペコと頭を下げて感謝しながらグレイ達の元へ戻って来た。


 ガラハドを待っていたのは、グレイとミリアムの無言の頭ペシペシ攻撃であった。
「何をおめおめと帰ってきた」
「グレイだけには言われたくはないわ。………奴らは本物だ。諦める事を薦める」
「冗談じゃないよ。せっかく手に入れた財産なんだよ!ウチの男共はだらしないね!」
 ミリアムの瞳の中に紅蓮の炎が宿り、彼女は飛び出した。
「「み、みりあむ………!」」
 止めようとする男たちだが、あくまで社交辞令である。今のミリアムなら出来るかもしれないと、内心ノリノリで彼女を送り出し、応援をしていた。


「ちょっとそこの2人!」
 ミリアムの声に、ホークとゲラ=ハは再び振り返る。振り返った時には、彼女は体に炎を纏わせ、術の準備に取り掛かっていた。
「財布を出しな…!5、数える内にね…!」
 頭に血が上りすぎたのか、あまりにも言葉が足りない。これではミリアムが恐喝しているようにも取れてしまう。街中で術を使う強請りは、いくら南エスタミルでもそう見掛けはしない。途端に集まる人間が現れ、逃げ出す人間もいる。グレイとガラハドは殺気立つ雰囲気に呆然と立ち尽くしてしまう。2人に“そんな所に突っ立ってないで早く逃げなさい”と注意までされる始末である。
「ゲラ=ハ」
 ぼそりと、ホークはゲラ=ハを呼ぶ。
「なんでしょう」
「俺もとうとう女の強請りに遭うとはな……落ちる所まで落ちたもんだ」
「……キャプテン…。おいたわしい…」
 ゲラ=ハは目元を摘まむ。思い出されるのは、波の音と青い空。海に沈んだレイディラックが恋しい。
「だが、このまま金を取られる訳にはいかねぇな。動きだけ封じて、この場をずらかるか」
「はい」
 ホークとゲラ=ハは体術の構えを取る。
「良い度胸だね」
 ミリアムは術の準備が整う。その姿は、悪役そのままであった。




「君」
 グレイの肩を何者かが叩く。緊張状態にあった為、びくりと肩を震わせグレイは振り返る。
 そこには、髭を生やした大柄な男が立っていた。頭には帽子を被っている。
「これ、落としたのは君じゃないか」
 差し出される男の手の平の上には、グレイ達の財布が乗せられていた。
「そ、そうだが」
 たらり。グレイのこめかみから嫌な汗が伝う。ガラハドの刺す様な視線が痛い。
 そう、この男こそが、グレイのぶつかった人間であった。ホークは人違いだったのだ。
「ぶつかった拍子に、偶然俺の鞄の中に入ってしまったんだよ。かなりの金額だったし、困っていると思ってね」
「すまない…」
 震える手で財布を受け取る。男はとても良い人であった。
「じゃあ、返したからな。お前さんも早くこの場所から離れた方が良いぞ」
「ああ…」
 男は笑顔で去って行く。本当に良い人であった。


「グレイ」
 ガラハドは低く重い声で、グレイの名を呼んだ。
 グレイはいそいそと財布を仕舞い、頬を叩き、いつもの表情に戻してガラハドを見る。
「話は後だ。まずミリアムを」
「そうだな。時間はいくらでもある」
 背中に背負ったアイスソードが、鈍い音を立てた。


 2人は走り出し、ミリアムに近付いて後ろから抱え上げる。
「なにすんだい!」
「解決した。説明は後でする!」
 じたばたと暴れるミリアムに蹴られながら、グレイは言う。肘がみぞおちに入り、危うく意識を失いそうになる。
「では撤収!」
「了解!」
 グレイの声に、ガラハドが応える。
 息の合った行動で、町の出口に向かって逃げ出した。


「おい、お前ら!」
 ホークは手を伸ばし、追おうとするが、人一人抱えているというのに、彼らの逃げ足は天下一品であった。だが、物事はそう上手く行くはずも無く。
「一体どういう事なの!わ、ちょっと待って、術が…!」
 ミリアムの手の中で、術が暴発してしまう。


 大きな爆音と共に、南エスタミルの空に黒い煙が昇った。その下では、黒焦げでアフロヘアになったグレイ、ミリアム、ガラハドが倒れている。
 ざっ。靴音がして影が差す。瞼を開け、見上げれば、逆光を背負ったホークとゲラ=ハが立っていた。
「さて、どういう事か説明してもらおうか」
「…………わかった」
 もう逃げられはしない。グレイは覚悟を決め、ホーク達にいきさつを話し始める。


 数十分の説明と説得の末、ホークとゲラ=ハが仲間に加わった。










財布の事を、途切れ途切れに話そうとするグレイのセリフを繋げると“ださいんだ”になった。
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