人が人の間で生きるのなら、そこには必ずルールというものがついてくる。
ルール
ちゅん…
ちゅん…
鳥のさえずりが夜明けを告げる。グレイ、ガラハド、ミリアムの3人は宿で朝を迎えていた。
ぱちっ。
グレイと、その隣のベッドで眠っていたガラハドが同時に目を開ける。
「グレイよ」
天井を見つめたまま、ガラハドが呼ぶ。そうして、ぼそぼそと2人は言葉を交わした。
「昨日は良く眠れたか」
「いいや」
「そうか」
「臭いが、気になってな」
「奇遇だな。私もなのだ」
「そうか」
ひくひくと、2人同時に鼻で息を吸う。焦げささが臭った。
彼らの髪は、奇抜なアフロヘアへと変えられていた。そこから焦げた臭いが漂うのだ。髪型が変わったのはミリアムの仕業であった。
事の始まりは昨夜にさかのぼる。宿にチェックインを済ませた時であった。生憎、都合の良い部屋はなく、3人は同じ部屋に泊まる事となった。
グレイ達のパーティーには宿へ泊まる際、ある1つのルールが存在した。
それは3人が共同部屋になった場合、大きな布をカーテンのように吊るして部屋を仕切り、男性側と女性側に分ける事であった。
いくら慣れ親しんだ仲だとしても、恋仲でもない若い男と女(本人ら談)が共に寝食を共にするのなら、何かと決め事をしておかないと、間違いが起こった場合に厄介なのである。性別を超えた仲もあるかもしれない。しかし、だからといって解決はしない、複雑な溝である。
「じゃ、お休み」
そう言うと、ミリアムは布で仕切られた向こう側へ入って行った。
「では私達も休もう」
ガラハドの言葉にグレイは無言で頷く。荷物を下ろし、防具をはずしてラフな格好になると、明かりを消してベッドの中へ潜る。
薄暗い闇の中、静寂が安心と眠気を誘ってくれる。今日が終わる時であった。
「ガラハド。今の現状、どう思う?」
低く、呟くような声色でグレイが言う。
「現状?何の事だ」
「こうして部屋を分けている事をだ」
「仕方ないだろう」
欠伸をかみ殺すガラハド。布団へ入った時に何を言うのかと思えば、ごく当たり前の事。静かに眠らせて欲しかった。
「本当に、そうか?」
グレイは横を向き、隣のガラハドの眠るベッドの方を見た。ガラハドも面倒臭そうに顔を合わせる。
が、右側であった為、グレイの片目を隠している髪が顔全体にかかってしまい、気持ちが悪い。つい視線を逸らしてしまう。
「あの向こう側で、ミリアムは何をしているんだ」
「眠っているだろう」
「本当に、そうか?俺達には見えないんだぞ」
「見えないようにしているんだ。一体、何が言いたい」
はー。ガラハドは息を吐く。面倒事はご免であった。
「ミリアムは、あの中じゃあ何もかもやりたい放題だ」
「すると言っても、行動は限られるだろう」
「俺達の目を盗んで、菓子なんて食べ放題だぞ」
「そんな修学旅行ではしゃぐ中学生じゃあるまいし」
いくら眠くても、突っ込み所ははずさない。腐れ縁で身に着けた隠れた特技であった。
はー。ガラハドは額に手を当てる。どっと疲労が押し寄せた。
「だから、何が言いたい」
すぐに眠る事は諦めて、もう一度問う。
「あそこは言わば、ミリアムのプライベートスペースだ」
「ん………うん、そうだな」
「ずるいと思わないか」
「だがそれは、同じ部屋に泊まった時だけでは…………」
言いかけた言葉を飲み込んだ。グレイの意図が見えてきたのだ。
「グレイ。お前の魂胆は読めた」
「なんだ。言ってみろ」
「眠れなくて、話し相手が欲しいだけだろ」
「ふっ」
グレイは不敵な笑みを見せる。けれども髪が顔全体にかかっているので、怖い事この上ない。
「悪いが、私は眠らせてもらう」
「甘いぞガラハド。お前は既に眠る事を諦めた顔をしている」
「くっ」
悔しそうに声を漏らす。ガラハドの顔色を読むのは、腐れ縁で身に着けた隠れた特技であった。
「さて」
グレイは身を起こし、乱れた髪を手で撫でるようにして整える。
「トランプやるぞトランプ」
どこで仕舞いこんだのか、布団の中からトランプを取り出した。ベッドに入る前から、企んでいたようだ。
「で、何をするんだ」
逃れられないと判断し、短い時間で終わるババ抜きぐらいなら付き合ってやろうとガラハドも身を起こす。
「では……………」
不敵な笑みのまま、グレイは案を持ち出した。
トランプを始めた頃は、2人とも軽くやって眠るつもりであった。
だがしかし、腐れ縁ながらも付き合いの長い2人が遊び出せば、簡単には終わらなくなる。
「………………っ………」
真剣な眼差しで、ガラハドはカードで作られた塔の段を増やそうと、全神経を集中させていた。グレイも真剣な眼差しでガラハドを見守る。塔はテーブルを持ってきて、そこから作り始めた。
ぷるぷると震える指で、カードとカードを寄りかからせるようにして置く。2人同時に、胸の前へ拳を持って行き、ガッツポーズをする。
「次、グレイだ」
グレイは無言で頷く。だがその瞳には紅蓮の炎が宿っていた。指をこすって汗を拭い、カードを持つ。乗せようとした時に、ふと呟いた。
「……………暗いな」
「そうだな」
辺りを見回す。明かりを消してしまったので、部屋の中は薄暗い。
これでは集中がし辛い。
「今、付ける」
ガラハドは立ち上がり、ランプに明かりを灯す。暖かな淡いオレンジ色の光を放って、部屋はぼんやりと明るくなる。
「よし」
2人は頷き合った。
「よし、じゃない」
ふと横から声が聞こえ、向いてみるとミリアムが布を避けて、こちらの様子を伺っているではないか。目が完全に据わっている。眠りを妨げられて不機嫌なのだろう。
「あんた達さあ、うるさいんだよ。しかもあたいの事話してなかった?ババアとか言ってなかった?」
ババアとは口が裂けても、例え心の中で思おうとも、声には出してはいない。命は誰だって惜しい。恐らく、ババ抜きと聞き間違えているのだろう。中途半端な地獄耳とでも言うか、眠っていたのだから当然かもしれない。ここで自意識過剰と言えば、三途の川へ直行間違い無しであろう。
「言っていない。心当たりでもあるのか」
グレイが空気の読めない発言を堂々として、ガラハドは頭を抱えた。
ああ、こうして頭を抱えるから、頭の上に髪が生えないのか。身に降りかかる不幸を、グレイの絶対自由のせいにしたくなる時があった。今まさにその時である。
「…………………………ヘルファイア」
ドーン。夜の街の一箇所が、一瞬だけ明るくなった。
そのまま大人しく眠り、朝に至るのだ。
「おはよう」
朝の挨拶と共に、準備を整えたミリアムが姿を現した。
彼女は2人の頭を見て一言言う。
「あら、素敵な髪型ね」
そのまま部屋を出て行ってしまった。
「鬼だ………あの女、鬼だ……」
「……恐ろしい」
起き上がったガラハドとグレイは手を合わせて、震えてみせる。そうして手を下ろし、同時に口を開く。
「「さて、行くか」」
今日という日が、新たに始まろうとしていた。
みんながみんな、腐れ縁。
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