友へ2



 広い草原の真ん中で、ジャミルは1人寝転んでいた。流れる風が心地良い。
 瞳の中に映った白い雲が流れていく。どこまでも青い空に、吸い込まれてしまいそうだった。おもむろに片手を太陽にかかげて、広げてみせる。
 空の上には天国というものがあるのだろうか。冒険を通じて、数々の伝説達に出合うと、本当にあるのかもしれないと思えてくる。そこに、あいつも、ダウドも、もしかしたら…


 ダウド。
 かけがえのないものだった、名前。


 かかげた手を下ろした。もしも天国があったとしても、あいつがいる訳は無い。盗賊が天国に行けるはずが無い。もしいるとしたら、地の底の地獄だ。ジャミルは草ごと土を握った。
 世の中は不公平だとつくづく彼は思う。盗賊稼業をやらねば生きて行けなかった。天国へ行きたいなら、何も食わずに野垂れ死ねとでも言うのか。


「ジャミル」
 誰かが名を呼ぶ。影が差し、バーバラが覗き込んできた。


「こんな所にいて。この前の事もあるんだし、1人の行動は謹んで貰いたいものねぇ」
「悪ぃ」
 謝るが、起きる素振りを見せない。
 ジャミルは何も告げずに宿を抜けて、1人でアサシンギルドへ乗り込み、瀕死で倒れていた所を仲間達に救出された。つい数日前、その怪我が治り、動けるようになったばかりである。
「浮かない顔だね。どうしたんだい?」
 バーバラはジャミルの隣に座り、膝を抱えた。
「仇は討ったんだろ?」
「ああ。でも…」
「死んだ人が帰ってくる訳じゃないし。わかっていた事でしょう?」
「………………………」
 口を閉ざし、帽子をずらして目を隠す。


 ジャミルは生き残った。ダウドの後を追う覚悟であったが、生き残った。無事なのは良いかもしれない、だが煮え切らない思いが胸に残る。仇を討っても、ダウドを失った悲しみは癒えない。癒える時が来るのも、恐ろしいものがある。忙しさを逃れ、1人でいると、いつも思い出すのはダウドの事であった。
 どれだけ想っても、この思いはどうにもならない。


 帽子で隠したままのジャミルに、バーバラは語りかける。
「ジャミル、悲しみに暮れるのは悪いことじゃないよ。無理に忘れなくても良いよ。ずっと抱えていても良いんじゃない?でもね、あんたはそれでも生きていかなきゃいけないんだ」
「難儀だな」
「ふふ、あんたは優しいから」
「優しい?」
 顔を上げると、帽子が落ちた。
「俺が?」
「そう」
 2人は顔を合わせるが、ジャミルはすぐに視線を逸らす。


「俺は優しくなんかない。優しいのは………」
 あいつだ。
 何かが喉の奥からこみ上げて、言う事は出来なかった。
「じゃあジャミルを通して、あの子の優しさに触れているって事か」
 うん。バーバラは1人頷いてみせる。
「あの子はほら、あたしがジャミルに同行する事、反対していた子でしょう?すぐに別れちゃったから、あまりわからなかったけれど、ジャミルが普段何気なく話す会話の中で、あの子の事を出しているとね、どんな子かというのは、少し知る事が出来たよ。良い子なんだろうね」
「ああ、良い奴だよ」
 笑って見せるが、瞳はどこか悲しみを映していた。


「会えるなら、もう一度会いてぇ。無理だけどな」
「あたしは失った人にもう一度会うのは嫌だねぇ。一度なんて。ずっと一緒にいたいじゃない」
 伸びをして、寝転がり頭の後ろに腕を組んで、バーバラもジャミルと同じように空を見上げる。
「神様に近付いたら、会えるのかもしれないね」
「神に……」
「もしも、そうだとしたら、あんたは近付いてみせるのかい?」
「そうだな………もしも……」
 ジャミルの返事を聞くと、バーバラは首にかけてあったネックレスをはずし、彼の胸の上に置く。手で摘まんで持ち上げると、それはアメジストであった。
「それ、あげる」
「なんで。あれだけ頂戴って言ってもくれなかったのに」
「餞別よ。ジャミルがあの子に会えるように。元から貰いものだしね、こういう風に渡っていくのかもね」
「後で返せって言っても返さないからな」
「あら?あたしはそんなにケチに見えて?」
 ジャミルが手早く身に着けるものだから、バーバラはくすくすと笑った。


「会えると良いね」
 所詮、絵空事かもしれない。それでも、そう言ってくれる彼女の言葉は活力を与えてくれる。
「ああ」
 思わず、目が潤んだ。
「ジャミル、泣くなら思いっきり泣きなよ。それで、一回きりにするんだね」
 バーバラの白い手が、ジャミルの瞼の上に乗せられる。その体温に染みるように、涙が流れた。
 嗚咽が、青空の上へ、昇っていく。高い、高い、空の上へ昇っていく。










バーバラ&ジャミルは萌えでなくて、燃えである。
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