繰り返される出会いと別れ。
たとえ離れても、見えない絆はいつでも人と人を繋いでいる。
NEUTRAL
月夜が美しい夜の町。酒場は昼のような明るさで盛り上がり、旅人たちは疲れを癒し、思い出を語る。グレイ、ガラハド、ミリアムの冒険者一行も店に入り酒を交わしていた。
「あの時はホント駄目かと思ったよ」
ミリアムはアルコールでほんのり頬を染めながら、先日の魔物との激闘を語る。
「確かに、胆が冷えた」
同意するガラハド。
「ふん、未熟なのだ」
空気を読まないのはグレイであった。
「そっくり返すよ。あんたが一番へばっていた癖に」
「なんだと」
反論の意思を見せるグレイに、ミリアムはグラスをわざと音を立てて置き、深い溜め息を吐く。
「ふ――っ。前々から聞きたかったんだけど、よくもまあガラハドはグレイに付き合ってやっていたわね」
昔を懐かしむようにグレイとガラハドを交互に見るミリアム。振り返れば、彼ら二人にミリアムが加わり、今の三人になったのだ。
特にずっと組んでいる訳ではない。ある目的に三人は惹かれるように集い、達成されれば別れて行く。その繰り返しがいつしか腐れ縁となり、良い仲間となっている。
「グレイはこの通りでしょ。ガラハドは聖戦士じゃない。なにがどうしたら一+一になるのか、このミリアム様の頭脳を持ってしても想像が出来ないよ」
「それでは私とグレイが得体の知れない産物のようではないか」
「あら、そのままを言っているのよ」
「ミリアムの言う通り、私自身にもよくわからない。縁とは不思議なものだ」
「お前ら言わせておけば。俺の方だってそうさ」
グレイは前髪を指で避け、思いを巡らせた。
「あれはいつだったか。俺が……」
「あらグレイ、話してくれるの?」
目を輝かせるミリアム。グレイが自ら自分の話をするのは珍しいのだ。
「横槍を入れるな。まあ聞け。俺が安住の地を離れ、ローザリアのヨービル港へ着いた時の話さ」
「安住?グレイが?まさか結婚していたとか」
ミリアムの勘違い極まりない女の勘が働く。
「離婚して追い出されたのか……仕方があるまい。お前には無理だったんだ」
ガラハドの勘違い極まりない戦士の勘も働く。
「子供の親権も取られ、その上養育費まで払わされているんだね。冒険者は当たればオイシイもんねえ!」
「払いがキツい時は相談した方が良いぞ。人間話し合いが大事さ」
「お前ら、なにを勝手に人の過去を捏造している」
勝手に過去を作り出すミリアムとガラハドに、さすがのグレイも黙ってはいられなくなる。
「良いのっ、グレイ。なにも言わなくて良いからっ」
「私は詮索しない主義だからな」
「お優しい事で。……どこまで話したか……」
二人は放って置き、髪をくしゃくしゃとさせるグレイ。そうして話を戻そうとした時であった。
「面白い話をしているじゃありませんか」
空いている席にどっかりと座り込む一人の男――三人が良く知る人物がやって来る。
「あら詩人さん」
「お久しぶりです」
この詩人、冒険者が行く町々で見かける旅の吟遊詩人で、短い間同行もした事のあるちょっとした知り合いなのだ。
「良く会うな」
「これもなにかの縁ですねぇ」
テーブルに置かれた酒瓶に手を伸ばそうとするが、にこやかに笑うガラハドにさりげなく奪われてしまう。いつも同じパターンで詩人は酒を狙ってくるので対策は好い加減学んだ。
「グレイさんとガラハドさんがどうして出会ったのか。私も興味深いです。新しい詩が生まれる予感がします。是非聞かせてください」
あんたいつから聞いていたんだ。背筋が薄ら寒くなる三人であった。
「大した話じゃない。ただの思い出話さ」
「それでも、今の貴方を形成する一つの物語ですよ」
詩人の手がグレイのグラスを取り、飲み干される。一瞬の間であった。
「口は別の所ですから、ご安心を」
ほらほら。唇の跡をわざわざ指差して証明してくる。
「掛かったな。それはミリアムのグラスだ」
「おや。これはしてやられましたね」
「え?ちょっとヤダ!信じられない!ガラハドも知っていたんでしょ!」
「は?なにを根拠に」
ミリアムはグラスを確認し、詩人の一気飲みよりも速く、詩人、グレイ、とばっちりのガラハドに連続ビンタを浴びせた。
手形のくっきり残った頬をさすり、グレイは漸く話を始めた。
数年前。バファル帝国を離れたグレイは荷物を長剣一本という身軽な身体でブルエーレ港から船に乗り、ローザリアのヨービル港へ降りた。国が違えば吹く潮風も異なる。そんな詰まらない感覚もその内なくなるだろうか。縛られていたものから解き放たれたグレイは今、自由を手にしていた。帝国で別れを告げた友は自分の事を惜しく思っているのかもしれないが、この方が本来の性に合っている。理解は求めていないので説明する気はなかった。
「さて、どうしたものか」
衣服をなんとなく叩いてグレイは考える。自由である事は孤独であった。孤独であるからには自分でなにもかもしなければならなかった。旅費を稼ぐ必要があった。
そしてなんの運命の巡り合わせか、今のグレイに丁度良い稼ぎの仕事が酒場で聞けた。
ヨービルに豪邸を構える富豪が傭兵を募集しているというのだ。依頼主が富豪だけあり、報酬も期待できるだろう、との事。さっそく豪邸を訪ね、待合室へ案内されてみれば、ていの良い仕事だけあり既に数人が集っていた。人の事は言えたものではないが、柄の悪いいかにも金目当ての兵士ばかりである。しかし、他とは異なる雰囲気を放つ人物をグレイは見つけた。
品を漂わせる鎧に身を包んだ大柄の男。さらに目を惹く特徴は、天然なのか剃っているのか、頭部の髪がない点であった。男はグレイの視線に気付いたのか、眼を向けてくるがすぐに逸らす。彼の目にはグレイはただの風来坊に見えたのだろう。
しばらく経つと依頼主が部屋に入って来た。煌びやかな衣装を纏った、絵に描いたようなコテコテの金持ちの男である。
「皆さん、お集まり頂き有難う。私がこの家の主だ。お願いしたいのは家の警備ではない。ここから離れた場所にある宝物庫を守って貰いたい。先週の夜から魔物に襲われていてね、ほとほと困っている。魔物は殺しても構わんが、保護してくれたなら報酬は上乗せするよ」
魔物が?グレイは眉を潜めた。この時代、邪神をミルザが封じた時代に、金で兵を雇える富豪が新たに兵を補充するまで手をこまねく魔物がいるとは到底思えない。広い世界にはいるのかもしれないが、それは秘境などの話であり、ここはローザリアの海上交易の拠点だ。凶悪な魔物なら首都クリスタルシティから兵の要請も出来るだろうに。早くもこれは眉唾物と容易に想像が出来る。グレイ以外にも何人か気付いている者もいるだろう。だがしかし、それで引き下がるような連中ではない。それを見越しての募集だったのだ。
「では、さっそく警備に入ってくれ」
依頼主はカッコをつけてか指を鳴らす。すると紋章の刻まれた鎧を纏う専属騎士たちが次々と入り、傭兵たちの目を布で隠しだした。
「宝物庫の場所は教えられないのでね。転ばないように気を付けてくれよ」
グレイの目にも布がかけられ、視界が塞がれる。縄を持たされ、罪人のように誘導された。
鼻腔をくすぐる香りが潮から森に変わる時、目隠しははずされた。そこには依頼主はおらず、騎士の一人が説明をしてくれる。けれども説明が耳の中に上手く入ってこない。誰もが宝物庫の頑丈そうな扉に刻み付けられた傷跡に目を奪われていた。体当たりでもされたのか窪み、牙か爪の削られた跡もある。かなり大型の魔物だと予測が出来る。
騎士の話を遮り、一人が声を上げた。
「おい、目撃者はいないのか」
「いない。そこまで持つ者はいなかった」
「こんな話聞いてねーぞ!」
数人がこの時点で抜けた。無理もない、命あっての物種だろう。
グレイは残った。見るからに怪しいし、命を落とす危険性もある。なぜか、退く気にはならなかった。魔物がどんな奴なのか見てやりたかった。己の剣がどこまで通じるのか試してみたかった。手に入れた自由を押し通してやりたかったのかもしれない。どれにしろ、楽しいと感じていた。
騎士の話によれば魔物は夜に現れたらしいとの事。襲撃の跡が朝に発見された事からの推測だという。残った傭兵たちは交代で宝物庫を囲うように番をすると決めた。けれども与えられた睡眠時間に眠れる者はいなかった。いつ襲われるともわからない。寄せ集めの仲間も信用出来ない。緊張と疑いは神経を無駄に消費させた。
日は暮れて夜となる。グレイは宝物庫の門前を担当になると、偶然隣があの一風変わった戦士であった。ついなんとなく、声をかけてみる。
「おい」
「ん?」
「見た所、生粋のローザリアの戦士のようだな」
「そうだ。私は神に仕える聖戦士だ」
視線はこちらに向けず、淡々と男は答えた。
「なぜあんたみたいな男がこんな場所にいる」
「ヨービルでも有名な豪邸の主人が素性の分からない兵士たちを集めているというのでな。ローザリアは誇り高き神聖な地。聖戦士である私が守るべきだと思い、参じたのだ」
「なるほど……大層な決意だ」
「見た所、旅人のお前にはわからぬ感覚だろう」
「いや、全くわからない事もない。俺自身は持ち合わせていないが、似た決意を持つ男を知っている」
「そうか」
「そいつは正直もので、間抜けで、後先を考えない」
「なにが言いたい」
「大事なのはそこではないだろう?決意のはずだ」
腕を組み、グレイは顔を逸らして喉で笑う。
「変わった奴」
男が笑ったような気がした。その続くなにかを言おうとしたようだが、薄く口を開いたまま会話は途切れた。二人は同時に殺気を感じ取ったのだ。
「来たな」
「ああ」
剣の柄に手をかける。
木々がざわめき、そこに住まう小さな命が震えている。人のものとは異なる、底深い憎悪の念。命をなんとも思わない、情のない純粋なる殺意を。
「どこだ」
グレイの鞘の中で剣が微かな音を立てだす。
「わからんっ」
「どこにいる……」
構えだけでは埒が明かない。もし魔族であったなら、後ろから現れて背中を掻っ捌かれるかもしれないからだ。グレイが剣を抜こうと決めた時、なにかが動いた。
「ぎゃああああ」
轟音と絶叫が響く。宝物庫の後ろから聞こえて来た。全くの反対方向である。
「行くぞ」
男がグレイの目を初めて見据えて合図を送ってきた。グレイは頷き、二人は応戦に向かう。
「くっ」
血の臭いが強い。既に致死量に達する出血をしている者がいるのを悟る。角を曲がろうとすると、視界に黒い大きな物体が飛んできて、グレイは押し飛ばされて尻をつく。
「おいっ!」
男がグレイに声をかけるが、すぐ目の前にいる魔物に息を詰まらせた。
魔物は姿形状から宝物庫を襲ったもので間違いはない。幸い一匹のようだが、その大きさに圧倒される。殻を纏い、巨大な角を持つ、戦う為に生まれてきたような獣。さしずめ、戦獣といった所か。
戦獣は後ろ足で大地を蹴り、突進する準備を整えている。その周りに転がるのは第一撃でやられた何人かの傭兵たち。暗くて正確な数はわからない。グレイ目掛けて飛んできたのも傭兵の一人である。微かに息はあるようで死んではいないが、血を思い切り浴びてしまった。流したばかりの他人の血は生暖かくて気持ちが悪い。
グレイは戦獣から目を離さず、負傷した傭兵を丁寧に地へ寝かせて立ち上がる。抜くはずだった剣が動かない。果たして抜いた所であの殻を貫けるだろうか。迷いの剣は死を招く。グレイは策を巡らせていた。
「旅人。今更だがロクに戦えるのは私たちだけのようだ」
男は剣を抜く。聖戦士だけあり、繊細な装飾の施された剣が月光を浴びて煌いた。
「そうだな。それで次のターゲットは俺だろう」
柄から手を離し、体術の構えを取るグレイ。衣服に染み込んだ生乾きの血が戦獣を興奮させているのを察していた。離れているのに息がかかりそうな程の殺意を向けられている。戦獣はまだ体勢を整えていた。焦らして焦らして限界まで欲求を高め、獲物には絶対零度の恐怖を与えて一気に食らうつもりなのか。魔物だけにえげつない。だがしかし欲求は隙を作る。
「俺の名はグレイ」
深呼吸をしてグレイは名乗る。
「聖戦士よ、名を問う」
出来るだけ落ち着いた、それでいて通る声で語りかける。
「私はガラハドだ」
「ガラハド、お前の足元に誰かの細剣があるだろう。それを俺に渡せ」
「グレイ、細剣では」
「国などというデカいものではないが、俺にだって俺なりの決意はある」
グレイの持つ灰色の瞳は揺るがない。
「お前の決意、受け止めよう!」
戦獣が吼え、グレイ目掛けて突進を仕掛けてきた。ガラハドが細剣を拾い、グレイへ投げる。グレイは後ろへ飛びながら細剣を受け取り、戦獣の前に綺麗なラインを描く舞いに似た動きを見せ、素早く突きつけた。戦獣の動きが一瞬止まる。帝国仕込みのフェイントが成功したのだ。
「おおおおおおおおおおお!」
機会を逃さず、ガラハドの渾身の一撃が戦獣の殻を砕き、肉にめり込む。
戦獣は悲鳴を上げ、森の奥へと逃げて行った。傷を付けただけで再びやって来る可能性はかなり高いが、今夜はもう大丈夫だろう。
「どうやら助かったようだな」
「そのようだ」
グレイとガラハドは互いに歩み寄り、ひとまず勝利を分かち合った。
「細剣技が出来るのなら、なぜ長剣を持っている」
当然の疑問を投げ掛けるガラハド。
「もう必要ないものだと思っていたんだ。縁というものは切れないものなのだな」
「?」
答えになっておらず、ガラハドは首を傾げる。
その後は二人掛かりで負傷した傭兵たちに治療を施した。幸い死者は出なかったが、数日の療養は必要だろう。朝日が昇りかける頃、富豪の使いである騎士が視察へ来た。魔物襲撃の報告をしにグレイとガラハドは一旦ヨービルへ戻った。
「なるほど。報告ご苦労」
依頼主である豪邸の主人は豪華な椅子を回してグレイたちに振り返る。
「魔物を追い返しはしたが、またやって来るに違いない。次は一匹とは限らん。残ったのは俺たち二人だ。兵の増強を願いたい」
「それは館の警備兵を回しておく。あと一日の辛抱だ」
「どういう意味だ」
問うグレイの横でガラハドが発言した。
「私たちにも教えていただけますか。宝物庫になにが隠されているのです」
「……………………良いだろう。それなりの働きを見せてくれたのだからな」
依頼主は手で顎鬚を撫でてから下ろし、膝の上で両手を組む。
「あれの中にはアビスクリスタルが預けられている」
「アビスクリスタル……?」
「滅多に手に入らない特殊な石だ」
グレイにそっと耳打ちで教えてやるガラハド。
「預けられている、と言われましたが」
「一時的に預かり、明日には運搬する」
「なるほど」
「宜しく頼む」
話が終わり、二人は部屋を出て行った。
「アビスクリスタル。あまり良い響きではないな。なにに使うつもりだ」
廊下に出るなり、グレイは思ったありのままの疑問を口にする。
「石には不思議な力が宿る。大方、どこかの神殿じゃないか。ああいうものは儀式に使われるらしいからな」
「だとしたら、ロクな儀式ではないな。石が魔を寄せ付けている。かのディステニィストーンも石だろうし」
歩調を速めるグレイ。その背中をガラハドが追う。
「おいおい、そこまで飛ぶか」
「飛ぶさ。昨晩のあの魔物がサルーインの時代にうじゃうじゃ溢れていたかと思うとゾッとする」
「しかしグレイよ。私は世界が確実に闇に向かっている気がしてならない」
足を止め、ガラハドはお前になにを話しているのだろうと、一人呟く。
グレイも足を止め、振り向かずに呟く。
「俺も感じている。だがあまりにも漠然とした予感だ。俺の世界はまだ狭すぎる。知りたくなったら、自らの目で確かめにでも行くさ」
「そうか。お前は旅人だったな」
吐息のように投げ掛けられる言葉は、近い距離なのに遠く感じた。
そして夜はやって来た。昨夜の戦いの爪痕が残る宝物庫の周りには、騎士数人とグレイとガラハドが警備にあたっている。今夜乗り切れば勝利。数時間の勝負と考えればどこか安心感があり、心に僅かな余裕を与えてくれる。
「それで戦うのか」
ガラハドはグレイの獲物を見下ろした。昼間に買ったと見られる細剣が下げられている。
「必要だからだ。増援を頼んだのも必要だからだ。ガラハドよ、笑われるかもしれんが、人はそうそう変われはしないものなのだな」
「笑いはしない。昨日、お前自身が言っていたはずだが。大事なのはそこではない、と」
「そうだったな」
薄く開かれた唇から笑うように息が漏れた。
「さて、最後の仕上げだ」
ガラハドが剣を抜く。魔物の気配を感じ取ったのだ。
「ああ、綺麗に片付けようじゃないか」
グレイも細剣を抜き、走り出した。
対する魔物は戦獣三匹。昨晩追い返したものが仲間を連れてやって来た。同種で対処法を新たに練らなくても良いが、騎士たちがうろたえているのは肌で感じている。刃を交えたグレイとガラハドがまず向かってみない事には始まりそうになかった。
「あんなデカブツだ。一撃でも食らえばただでは済まない。動きを封じながら地道に叩いていくしかない。ガラハド、俺に続いてくれ」
「承知している。だが奇妙なものだ。つい昨日出会ったお前を信じて戦わねばならないとは」
「聖戦士だろう。神の悪戯とでも思っておけ!」
グレイは身を屈め、細剣を構えて魔物の群れへ突っ込んでいく。
後ろにはガラハドがいる。存在を感じるだけで力が湧いてくるような気がした。
仲間の心強さ、己の細剣の腕は帝国にいた頃の経験が心身に焼きついている。負ける気がしない。
するとフェイントの技を覚えている手先が疼いた。なにかが出来る。別の技が編み出せると、脳から身体全体へ微弱な電流が駆け抜けた。
「グレイ!」
技がフェイントとは異なるものと悟ったガラハドが叫ぶ。
「大丈夫だ!」
細剣を盾にして戦獣に体当たりをし、反動を利用して斬りつける。フェイントと同じように相手を怯ませ、傷をも付ける『衝突剣』が発動した。その場にグレイはしゃがみ込み、上からガラハドが剣を振り下ろす。戦獣の重い身体をも沈み込ませる衝撃が土埃を舞い上がらせた。戦獣は身体を丸めて伸びてしまった。これでしばらく動けないだろう。
「まずは一匹!このまま一掃する!」
グレイの一声に戦法を理解した騎士が攻撃態勢に入った。人間の士気の向上を悟った戦獣が吼える。魔物側もさらなる増援を呼ぶつもりだ。
「夜はまだ明けさせてはくれないようだ」
ガラハドが残りの戦獣の角を剣で押さえ込む。
その隙にグレイは細剣を鞘に納め、長剣を抜く。閃いた技は長剣向きに思えた。
「なに、眠れないぐらいが面白い」
構えを取り、軽く背中でガラハドの背中を押す。
「ふ」
今度ははっきりと笑う音が聞こえた。踏み込むタイミングが重なり、二人の剣が一閃した。
薄暗い森の中を朝日が差し込む。鳥がさえずり、夜の終わりを告げてくれる。
宝物庫の門が開き、騎士が数人がかりで黄金の箱を運び出す。彼らは傷だらけだが、元気に働いていた。
ヨービルでは早朝から船は汽笛を上げ、朝霧に包まれた人気のない大通りを二人の男が歩いていた。その背には豪邸、その手には金が入っているらしい袋が下げられている。寝不足らしく目元にはくまがあるが、表情はどこか誇らしげであった。
男たちは不意に糸にでも引かれるように空を見上げる。一羽の鳥が羽ばたき、遠くへ飛んで行く。無意識に足を止めて見入っていた。
「グレイ、行くのか」
男の一人――ガラハドは言う。
「ああ。ガラハドは残るのか」
もう一人の男――グレイは躊躇いも無く頷く。
「私はローザリアの聖戦士だからな」
「お前なら、どこへ行ってもローザリアの聖戦士でいられるだろう。俺とは違う、名前を持っている」
「グレイというのは本名ではないのか」
「少なくとも、俺は気に入っている」
答えになっていない。けれども、グレイらしいとガラハドは感じる。
「もしまた出会うのなら、今度は座って話したいものだ」
手を差し出すガラハド。
「そうだな」
グレイも手を出し、握り返す。どこか可笑しくて笑いをこらえた。
そうして離した手を軽く上げて、霧の中へと消えていくグレイ。ガラハドも背を向け、クリスタルシティへと帰っていった。
「…………と、まあ。そんな話さ」
話を終え、グレイは息を吐く。そんな彼の前にガラハドは無言で空のグラスに酒を注いだ。
「ふうん。あんたたち、意外と仲良かったんだね」
ミリアムは正直な感想を述べる。
「そうか?」
「わからん」
とぼけた素振りだが、嬉しそうに見えた。
「ガラハドはその後、旅に出たの?」
「一、二ヶ月後だったか。ローザリアの外に出てみたくなった」
「知っても、やっぱり不思議。ガラハドは旅人っぽくないし、グレイなんて見るからに一人が好きそうに見えるもの」
両肘で頬杖を突いて、ミリアムはグレイとガラハドを交互に眺める。
「俺自身もそう思い込んでいた。一人が似合っていると。案外、そうでもなかったと気付いただけだ」
「自分の事なんて、自分が一番の理解者とは限らないもの」
三人の会話を聞いていた詩人がギターを膝の上に乗せ、軽く弦を弾く。
「他のものに触れて、見えてくるものもある。歌のように」
帽子を被りなおし、曲を奏でだした。
「歌は、幾多の時代、数多の人の想い。良い詩が出来そうです。有難う、グレイさん、ガラハドさん」
歌おうとした詩人だが、なにかに気付いたのか手を止めてミリアムを見た。
「そうだ。ミリアムさんとの出会いはどうだったのですか?」
「ええ?あたしぃ?」
あからさまに嫌そうな顔をするミリアム。
「思い出すだけで寒気がする」
「あの頃のミリアムは魔女そのものだった」
言葉とは裏腹にニヤニヤとグレイとガラハドは口を歪める。
「ミステリアスと言って欲しいものね」
「それで一体、どんな……」
興味深そうに首を突っ込む詩人。
「この二人だと余計なコト言いそうだから、あたしが話す。でもまた今度ね」
「そうですか、今度を楽しみにしていますよ」
微笑む詩人に三人の冒険者は軽く息を吸い、声を揃えて言い放つ。
「次は自分の酒を持って来い」
ははは。詩人の笑みは崩れない。全く懲りていない様子であった。
とある村の酒場。一人の旅人が扉を開けると取り付けられた鈴が鳴る。
薄暗い店の中に光が差し込み、オーナーがグラスを磨く手を止めて『いらっしゃい』と受け入れる。カウンターには吟遊詩人が同化するかのように静かに佇んでいた。詩人は旅人の方を振り向くと、慈愛に満ちた笑みを浮かべて語りかける。
「私が語る物語を聞いていきませんか。冒険者グレイと聖戦士ガラハドの語りを」
詩人の指が弦に触れると、その微かな音が店の中に水のように広がり、空気のように自然と消えていった。
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