バンダナ
「……………………………」
木々が多い茂る森の中。クローディアは青ざめた顔で、その場に座り込んでいた。
彼女の瞳には、深手を負って傷口を押さえるジャンが映っている。血が流れて止まらない。とめどなく流れて止まらない。
「何やってるんだ!」
ジャミルが叫んだ。ダウドがジャンに傷を負わせた魔物に止めを刺して、2人は駆け寄ってくる。
「酷い傷だ。早く止血しないと。ダウド、薬を用意しておけ」
パーティーはまだ、未熟すぎた。誰一人、回復術を会得していない。
「私は大丈夫ですから。大丈夫なんです」
苦痛に耐え、笑顔を作るジャンのこめかみから、脂汗が伝う。
「何が大丈夫なもんか、し」
「ジャミルさん!」
ジャンはジャミルの言葉を遮った。
「大丈夫、大丈夫」
優しく、落ち着かせるように。彼の言葉はクローディアに向けられているように聞こえた。
ダウドは取り出した薬をジャミルに渡し、頭に巻かれたバンダナを解き、ジャンの傷口に当てる。
布が血を吸収して、赤黒く染まった。
「これで止血しよう」
ぐるぐると巻いて、結ぶ。
「そこの木が適当だ。ジャン、寄りかかって休んで」
「はい」
言われた通り、ジャンは木に寄りかかった。
「魔物の気配も無くなったし、ジャンを休ませた後、一気に町まで行っちまおう」
「そうだね。治療も町の方が良い」
ジャミルの意見に、ダウドは賛同する。
「ジャン」
ずっと沈黙していたクローディアはジャンの名を呼び、彼の隣に寄り添った。
「大丈夫ですから」
ジャンはクローディアに笑いかける。
「ジャン…」
瞳は悲しみを映し、普段の落ち着きは失われていた。
「クローディア、どうしたんだろうね」
「さあ」
ジャミルは肩を上げた。
クローディアは森の番人を勤めていた事もあり、こういった時の対処は誰よりも的確で素早かったというのに。
その場でしばらく体を休めた後、ジャミル一行は森を抜けて町に辿り着き、ジャンにきちんとした治療を施し宿で休ませる。その日の夜、ダウドは不足している備品の調達をしに、宿を抜けようとすると、玄関先でクローディアに呼び止められた。
「ダウド」
「なんだい?」
「私も一緒に行くわ」
「女の子が夜道を歩くのは、危ないよ」
「私を誰だと思っているの」
クローディアは普段の彼女に戻っていた。静かな雰囲気の中に、気高く、力強い煌きを秘めている。
「わ、わかった」
気圧されて、ダウドは拒否権が無い事を悟る。
2人になれば、買い物はスムーズに進み、予定していた時間よりも、早く用事が済んでしまいそうだった。隣に並んで道を歩き、会話を交わす。
「あとは?」
「薬草を買うだけ」
「ダウド」
改まったように名を呼ぶ。
「なんだい?」
「バンダナ、有難う」
「ん?」
ダウドのくせのある髪が、夜風に吹かれてふわりとなびく。止血の包帯代わりに使ってしまったので、バンダナはしていなかった。
「洗って返すわ。全部、落ちないかもしれないけれど」
「別に良いよ」
パタパタと手を横に振る。
「本当に、助かったわ」
「まるで、クローディアが怪我をしたみたいな言い方だね」
「そうね」
クローディアは納得したように頷いた。
「ジャンは私の大切な人だから」
表情を変えずに言う。
「あー………そうなんだ」
自分に言われているのではないが、面と向かってそのような事を言われると照れるものがあり、ダウドは顔が熱くなるのを感じた。
クローディアとジャンが同行するようになったのはつい最近で、2人の仲については謎が多い。クローディアは無愛想な所があり、そういう性格なのだろうと思っていた。だが、ジャンの方には何か引っ掛かるものを感じていた。ジャンは気さくな性格で、すぐにジャミルとダウドに打ち解ける。しかしクローディアに接する時、一歩引いているような印象を受けた。まるで仕えているような、義務的なものを。
「駄目ね。ジャンを、守りたかったのに」
ダウドの見えない所で、拳を握った。
「怖くなってしまった」
帽子の影が、彼女の表情をより曇らせる。ジャミル達には話してはいないが、彼らに出会う前に彼女は大切な人を失った。森で育ち、数多の命の生と死を見つめてきたはずなのに、失う事への恐怖に捕らえられていた。ジャンを失う。想像するだけで、全身の血が凍りついてしまいそうだった。
「女の子が守りたいなんて」
横目でダウドは、顔色を伺う。
「あなたの口から、そんな言葉を聞くなんて」
「嫌味?」
「どうかしら」
クローディアは意地悪く口の端を上げる。
「じっとしていたくないの。守られるままじゃ、運命に流されてしまいそう」
「クローディアは運命ってよく使うね」
「反逆したいから」
そう言うクローディアの瞳は、揺れ動く事のない強い意志を映していた。
ダウドの頭の中は、次第にこんがらがってくる。
「んー……守られるままじゃ嫌っていうのは、少しわかるかも」
ジャミルの顔が浮かぶ。いつも助けられてばかりで、相棒らしく力になりたいと思っていた。
「追いつきたいの。隣にいさせて欲しいの」
「わかるよ、凄く」
自然と表情が締まる。
「少し、お喋りが過ぎたわ」
くすりと微笑んだ。
ダウドはその笑顔が、可愛いと感じた。もっと笑えば良いのにと思うが、口に出すのは少し怖いので黙っておいた。
「調子が狂うの。ジャンと会ってから、普段の通りに行かなくなった」
らしくないと、クローディアは思う。ジャンとの出会いに運命の始まりを感じた。彼との出会いを悲しいものにしたくないから、自分はこうして運命に立ち向かっているのだと、改めて決意する。
「あまり嫌そうに聞こえないよ?寧ろ楽しんでいるみたいに聞こえる」
「あら、ダウドにしては勘が良いじゃない」
「クローディア、おいらを馬鹿にしているだろう」
「被害妄想よ」
顔を見合わせて、2人はくすくすと笑う。そんな彼らの上をぽっかりと丸い月が照らしている。引力で心を引き合わせるように、見守っているようであった。
宿に戻り、クローディアはジャンの部屋へ見舞いに入った。眠っている彼の布団を整えてやり、そっと話しかける。
「ジャン」
ジャンは安らかな寝息を立てるだけで応えない。
「私はもう、恐れない」
白い指先が髪に触れ、窓から差し込んだ月明かりに反射してサンゴの指輪が光る。
「だから、悲しい顔で笑わないで。元気になったら、またつまらない冗談を聞かせて」
前髪を避けて、額に静かな口付けを落とした。
うん、クロジャンでした。
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