「ジャミル、入るよ」
 バーバラは断りを入れて、宿のジャミルの部屋のドアを開ける。鍵を掛けてないのはわかっていた。



馬鹿ってゆうな!



 中へ入ると、まずベッドで背を向けて転がっているジャミルが目に入る。狸寝入りなのはわかっていた。
「ジャミル〜」
 ベッドの端に腰をかけ、身を捩じらせて彼の身体を軽く揺らす。
「エルマンから聞いたよ。ダウドと大喧嘩したんだって?」
「…………………………」
 ジャミルは低く呻き、身体を丸めてバーバラの手から逃れる。
「一体どうしたの。お姉さんに話してごらんなさい」
「…………………………」
「こら。今笑ったでしょ」
 バーバラはジャミルの身体を転がし、強引に自分の方へ向けさせた。
「アメジストくれたら話すよ」
「だーめ」
 胸元に輝く宝石に伸びた手をつねる。


「ちっ」
 舌打ちをすると、ジャミルは身を起こしてバーバラの隣に腰をかけた。
「あふ…」
 次に口から出たのは欠伸であった。涙の浮かんだ目元を指でつまんで拭う。狸寝入りのつもりが、本当に眠くなってしまったのだろう。
「ダウドがさ、自分は足手まといだって言うんだよ」
 床を見つめ、ジャミルは語り出す。
「エスタミルにいた頃から、そればかりで。卑下することをやめないんだ。俺はあいつがそう言う度に“そんな事はない”って言い続けた。いつだったか、腹が立って来て、イライラし出すようになった。溜まりに溜まって爆発させて、大喧嘩しちまったって訳よ」
「そっか」
 バーバラも床を見つめたまま、相槌を打つ。
「あいつ自分が嫌いなんだ。じゃあ好きで一緒にいる俺は何なんだ」
 手を握り、拳を作った。
「足手まといだって何だって、俺が見捨てるとでも思っているのかっ…」
 口調が早くなり、荒くなってきた事に気付いたジャミルは、小さく“すまねぇ”と詫びた。


「ジャミルが怒ったのは、あれだよ」
 思いついたように手を合わせ、バーバラは言う。
「大事な仲間の悪口を言われたから」
 ジャミルの方を向くと、彼も顔を合わせてきた。
「我慢できないはずなのに、相手が本人だから、我慢してイライラしたんじゃないのかい」
「わかった口を利くなよ」
「ほら、それ」
 バーバラは人差し指でジャミルの鼻を突く。
「ジャミルのその頼ろうとしない所が、ダウドを不安にさせているんじゃないの」
「うっ…」
 ぐうの音も出ないジャミルはそっぽを向き、むくれてしまう。大人びたように見えても、まだ幼さの残る若者であった。


「凄ぇ、悔しい。いつかあんたに勝ってやるからな」
「だから勝つか負けるかとか…………ふーっ、まぁ良いわ」
 息を吐き、背を伸ばしてそのままベッドに転がる。何でも勝ち負けに例えるのが子供なのだ、という言葉を飲み込んだ。
「バーバラ、俺の寝る場所が無くなっちまうだろ」
「あら。ダウドを鍵開けて待つぐらいだから、寝ないと思っていたよ」
「…………………………」
 またもやジャミルはバーバラに負かされてしまった。


 黙り込む中、ドアの開く音がして見てみれば、ダウドが顔を覗かせていた。
 だが、ジャミルしかいないと思っていたので、バーバラがいるなどとは予想もしていなかった。そのうえ、2人ともベッドにいるものだから、あらぬ想像をしてしまう。彼の顔には“見てはいけないものを見てしまった”とでも書いてあるかのような、好奇心と後ろめたさの混じったものをしていた。
 ダウドがなかなか入って来ないので、ジャミルはバーバラとの状況を把握し、疑いをかけられている事を知る。
「ダウドお前!ち、違うんだぞっ、入って来いっ」
 ジャミルは立ち上がり、手招きをした。バーバラもダウドが入って来ない理由を知って、身を起こす。
「違う違う、あたしそんなに飢えてないし。って、ジャミルいくつだっけ」
「22」
「あら許容範囲よ…………違う違う、ダウド入ってらっしゃい」
 招きいれようとしても、未だにまごまごし続けるダウドに、ジャミルの目がつり上がって来る。
「早くしねえと引きずり込むぞ!」
「ジャミル短気すぎるよ…」
 ようやくダウドは部屋の中へ入って来た。ジャミルの前まで歩み寄り、顔を見据えた。


「おいら、頭を冷やして思ったんだ。ジャミルに甘えすぎていたのかもしれない。ごめんね」
 足手まといだと弱気になる自分を、ジャミルに否定してもらう事で自信を保っていた。ジャミルが怒り出し驚くなかで、言葉を待って、期待をしていた自分に気付いたのだ。ダウドが安心して弱音を吐ける相手、それがジャミルであった。
「俺も……キツい事言って、悪かった……」
 ぼそぼそとした声で照れ臭そうに、ジャミルも否を認める。
 バーバラは立ち上がり、ダウドの肩にそっと手を置く。
「ダウド」
「バーバラ?」
「ジャミルはね、ダウドを足手まといなんてちっとも思ってやしないから、足手まといって言われるのが嫌なんだよ」
 足りない部分を補った。
「……ジャミル、嫌な気分にしてごめん」
「当たり前だろう」
「当たり前だなんて……わからないよ」
「はいはい、ストップ」
 バーバラが制止をかける。
 ジャミルは足手まといでは無いと言ってはくれるが、そう言われるのが嫌だと言う事をダウドは気付かなかった。ジャミルは当然わかっていると思い込んでいた。考えの歪みは、言葉にせねば伝わらなかった。
「これで喧嘩をする必要はないでしょう?」
 2人の顔を交互に見て言う。
 ダウドは俯き、さきほどのジャミルのように、ぼそぼそと呟き出す。
「おいら……なるべくこれから、足手まといって言うのはやめるけれど……。馬鹿だし、弱いから……ときどき言いたくなる時があるかもしれないから………ごめん」
「「馬鹿って言うな!!」」
 ジャミルとバーバラの声が揃う。
「おいらどうしたら良いんだよ〜」
 泣き言を漏らした。
「どうしろって事じゃねえ。それでもお前が仲間だってのを、考えやがれって事だよ」
「そうそう、仲間なんだから。ねえジャミル?」
「…………………………」
 バーバラに言われた言葉を思い出し、ジャミルは苦い顔をする。そんなジャミルを見て、ダウドはくすくすと笑う。笑顔が戻ったのだ。


「バーバラ、お母さんみたい」
 突然のダウドの言葉に、バーバラは驚く。
「あたしはこんな大きな子供、生んだ覚えはないよ」
「そりゃ良いや、バーバラお母様」
 ジャミルも乗り出し、ダウドに笑いかける。
「あんた達は協力し合うとタチ悪いねぇ」
 やれやれと肩を竦めて手を上げるバーバラだが、彼女も笑顔であった。










ちょっと聞いてよ おもいっきり生バーバラ
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