グレイ、ガラハド、ミリアムの冒険者一行の乗った船が、メルビルの港へ着くと、町は楽しそうな雰囲気に包まれていた。
「何かのお祭でもあるのかしら」
ミリアムはうずうずと体を揺らして、辺りをキョロキョロと見回す。
「そのようだな。誰かに聞いてみよう。な、グレ…」
グレイに同意を求めようとしたガラハドの手が、空を泳ぐ。先ほどまで隣にいたはずのグレイの姿は消えていた。
「「グゥレェェェイイイッ!!!」」
2人の絶叫ともいえる声が、響き渡った。
迷子
「全くもーっ、グレイ!どこいんのよ!」
ミリアムは露天に置かれた果物の中を漁り、可愛らしい声で“これ下さい”と買い物をする。
「グレイ、リーダーのお前がどうするのだ」
ガラハドは険しい面持ちでゴミ箱の蓋を開ける。
「見つからないね」
「どうしたものか」
顔を見合わせ、溜め息を吐く。探す気は全く無かった。グレイがはぐれるのは良くあることで、その度にパニックになっては仕方がないと、諦めに似た落ち着きを持っている。
「ひょっこり出て来るでしょう」
「そうだな。祭を見ていくか」
「そうねー」
頭の後ろで腕を組み、ミリアムとガラハドは祭を楽しむ事にした。
一方その頃。絶対自由がモットーのグレイは、港の入り口で突っ伏していた。遠くから見ると巨大なハリネズミに見えなくも無い。
「ここは……どこ………だ………」
顔を僅かに上げると、鼻が擦れて赤くなっている。
港へ降りるなり、人に押されて巻き込まれ、流れ流れて流されて、ここまで来てしまったのだ。
「酷い目に遭った」
身を起こし、体の埃を払う。
「ガラハド……ミリアム………どこだ……」
ぐるりと見回すが、2人の姿は見当たらない。
「仕方のない奴らだな」
ふっ。
不敵な笑みで口の端を上げた。
「………………………」
無表情に戻るが、その瞳は寂しさの色に染まっている。
「捜しに行ってやるか」
呟いた後で、また寂しさが胸へ染みていく。
「………………………」
行ったり戻ったりを繰り返した後、グレイは歩き出した。
町の中にも露天が出されており、親子連れやカップル、旅人、様々な人間が行き交う。
「むっ」
髪を引っ張られる感触がして、振り返ると、子供が掴んでいた。
1人の子供が引っ張ると、また1人、1人と、面白がって引っ張ってくる。叱る事も追い払う事も出来ず、グレイは立ち尽くして好きにさせてしまう。やがて母親と思われる女が子供を抱えて、頭を下げながら去っていった。離れる際に子供に持たされた風船が揺れて、髪をくすぐる。
風船は丸くて、赤い色をしていた。ガラハドのように丸くて、ミリアムのような赤い風船。風船を持ったまま、またグレイは歩き出した。
「グレイじゃないか」
名を呼ばれ振り返ると、ジャンが露天の中から手を振っているのが見える。歩み寄ると、彼は鉄板の上で肉や野菜を焼いていた。
「美味そうだな」
焼かれる様を眺めて、鼻をヒクヒクとさせる。良い匂いがした。
「久しぶりの出会いだ。1つサービスしてやろう」
ジャンは簡易な皿を取り出し、焼きあがったものを入れて、グレイに差し出す。
「これもだ」
串を添えられた。
「むまないな」
口の中に物を詰め込んで、グレイは礼を言う。
「そういうもんは食べる前に言うもんだ」
変わりのないグレイの一面に、ジャンは笑った。
ジャンの露天を後にしたグレイは、帝国兵からお面をムリヤリ買わされ、人の群れを抜けると、いつの間にか脇に綿飴が挟まれていた。どう持ち直そうか、綿飴を見つめていると、丁度同じように人の群れを抜け出したミリアムが、グレイを見つける。
「グレイじゃない!」
指を差して、もう片方の手で、まだ群れから抜け出していないガラハドを引っ張り出した。
「グレイ!」
顔を出したガラハドが、明るい声で名を呼ぶ。
「………………………」
グレイは小走りで彼らの元へ駆け寄った。
グレイの姿を見るなり、ミリアムが唇を尖らせて不平を口にする。
「グレイずるーい!」
横に並んだミリアムとガラハドの視線が、グレイの頭から足の方を上下した。
風船に鉄板焼き、お面に綿飴。いかにも祭を楽しんでいる姿をしていた。
「あたい達は人が多くて、どこも回れていないのに」
「グレイ、ずるいぞ」
大人気なくムスッとする2人に、グレイは思わず吹き出しそうになる。
「では、これでどうだ」
ミリアムの帽子にお面をかけ、ガラハドに“まだ食べていない”と付け足して綿飴を持たせた。
「そうね、良いわ」
「ああ、良いとも」
二ヒヒと、2人は白い歯を出して微笑んだ。するとグレイの手が緩み、風船が飛んでいく。
「グレイ、風船が」
「もう良いんだ」
首を横に振る。
「そうだ、港の方で花火をやるそうだぞ」
「そうだったそうだった、行こう行こう」
「花火か…」
呟くグレイの両手は、ミリアムとガラハドに拘束された。
「何の真似だ」
「またはぐれるといけないからな」
「そうそう」
「仕方のない奴らだ…」
苦笑するが、どことなく嬉そうなグレイは、そのまま2人に引っ張られて、港へ向かった。
うちのグレイ知りませんか。
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