ジャミル一行は、マラル湖で魔物を激闘の末倒し、勝利に酔っていた。
「何とかやれば出来るものですね」
 アルベルトが剣を鞘に納める。
「この調子で行きましょう」
 ラファエルの白い歯がキラリと光った。
「………………」
 ダークは疲れたようで、舟に座り込む。
「あそこで俺が技を閃かなかったら危なかったよな」
 ジャミルが槍をくるりと回して、先ほど繰り出した技を出す真似をしてみせる。


 ゴッ。
 何かが当たった音がして
 ぼちゃん。
 何かが湖に落ちた音がした。



湖にて



「ん?」
 目をパチクリさせて、辺りを見回す。
「俺、何かした?」
 槍を後ろへ回し、仲間に問う。
 アルベルト、ラファエル、ダークは互いを見合わせ、首を横に振る。
「だよなあ。アルベルトにラファエル、ダーク、ダ………………」
 舟全体が凍った雰囲気に覆われた。
 “ダ”の付く、もう1人の仲間がいない。


 ジャミルは槍を地に叩きつけ、湖を食らい付くように見据える。
 その水面には、僅かに残った波紋が広がっていた。


「だ、ダウド――――――――――ッ!!!」
 返事は返って来ない。
「助けないと…!」
 深呼吸をして、飛び込もうと踏み込んだ。


「ストップ・ザ・飛び込み!」
 ラファエルが素早くジャミルの動きを封じ、そのままスープレックスをかける。
 ドーン。舟が大きく揺れた。


 ヨロヨロと身を起こすジャミルが見上げると、そこには仁王立ち姿でラファエルが立っていた。逆光で怖さが更に増す。


「ジャミルさん、服を着たままの飛び込みは危険です。良いですか?服が水を吸収して重くなり、身動きが取れなくなるのです」
「わ、わぁったよ」
 ぐふっ。ダメージが後からやって来て、ジャミルの口の端を一筋の赤が伝う。
 足をふらつかせて起き上がり、服を掴んで脱ごうとした時、また何かに気付いた。
「アルベルトは?」
「そういえば」
 アルベルトが見当たらなかった。




「さっき湖へ飛び込んだぞ」
 ダークが振り返り様に言う。彼は湖に手を突っ込み、水と戯れていた。


 ざばっ。
 舟から少し離れた場所から、大きな水音がする。
 アルベルトが顔を出していた。その横にはダウドらしきターバンが見えた。


「わーん!助けてくださーい!」
 ばしゃばしゃと暴れるように水をかいている。
 溺れているようだ。かなり情けない姿である。
 舟に備えてあった釣竿を使い、3人がかりでアルベルトとダウドを救出した。


 上がるなり、ラファエルの怒声がアルベルトへ飛んで来る。
「アルベルトさん!考えなしに行動は禁物ですよ!」
「申し訳ありません…」
 しゅん。アルベルトは正座をして縮こまった。濡れた髪から零れる水滴が膝に落ちる。
「良いですか?騎士たるもの…」
 ラファエルは仁王立ちで騎士の鉄則を並べ立てるが、ときどきズボンのポケットからメモ帳を取り出していた。
「ぐしゅっ」
 ぶるっと震え、アルベルトがくしゃみをする。説教の雰囲気は数秒で崩れた。


 一方、ジャミルはダウドを抱き抱え、呼びかけていた。
「ダウド、おいダウド、しっかりしろ」
 ダウドはぐったりとして目を覚ます気配を見せない。




「ダウドさん大丈夫ですか?」
「くしゅっ」
「………………」
 ラファエル、アルベルト、ダークがジャミルの元へ集まる。
 ラファエルはダウドの鼻と口の間に手を添え、眉を顰めた。
「いけませんね、人工呼吸をしないと」
「じ、人工呼吸…」
 ジャミルの心臓がどきりと脈打つ。動揺を見せまいと平静を保った。


 じんこうこきゅう【人工呼吸】
 “人工呼吸法”の略。仮死状態に陥った人を蘇らす為に……
 いや、確かにそうなのだが、人工呼吸といえばラブコメの定番。気になるあの子とドキドキキッスじゃないか、などというジャミルの心の中で葛藤がぐるぐると渦巻いた。


 不謹慎だが、ダウドの色を失った唇が妙に艶めかしく、欲情を掻き立てる。さあ接吻せよと、神エロールの声が聞こえたような気がした。


「確かに人工呼吸も必要ですけど」
 アルベルトが口を開く。
「ずぶ濡れのふくやかははがひえ……くしゅっ。失礼しました。ずぶ濡れの服では体が冷えてしまいます。脱がさないと!」
「ぬ、脱が…」
 ジャミルの心臓がどきりと脈打つ。動揺を見せまいと平静を保った。


 ダウドの体をまじまじと眺める。普段だぼだぼの衣服が、濡れてぴったりと張り付く様は色気を醸し出し、欲情を更に掻き立てる。ああ今なら透視能力で服の奥まで見れそうであった。さあ服を脱がせと、神エロールの声が聞こえたような気がした。


「待て」
 今度はダークが口を開く。
「冷えたままではいけない。暖めなくては」
 きょろりと瞳を動かした。
「舟の上ですから、火を熾すわけにはいかないし」
 顎に手を当て、ラファエルは考える。
「体を摩って温めるしかないでしょう」
 アルベルトの案に、ダークとラファエルは手をぽんと叩く。
「摩る…」
 ジャミルの心臓がどきりと脈打つ。動揺を見せまいと平静を保った。


 チューして脱がしてギューかよ!
 いきなりフルコース来ちゃったよ!
 ジャミルの脳内では、小さなジャミルの群れがワッショイワッショイと祭りを起こしていた。
 恋せよジャミル。神エロールの声が聞こえたような気がした。




「ではジャミルさん、ダウドさんをこちらに」
 ラファエルはダウドを受け取ろうと腕を広げる。
「は?」
 ジャミルの目が点になった。
「早くこちらに」
「なんで?」
「人工呼吸をするんですよ」
「それはわかっているんだけど」
「私がやるので」
「なんでお前がやるんだよ」
「騎士ですから」
「ああそうか…………って、ええーっ!?」
 うっかりダウドをラファエルに引き渡してしまう。


「ちょっと待てよ、おいラファエル」
 ジャミルは止めに入ろうとするが、ラファエルはてきぱきと流れる動作で、ダウドを寝かせ、呼吸が通るように頭を固定し、準備をあっという間に整えた。
「す、凄いなラファエル…」
 止めに入ったポーズのままで、ジャミルは感心する。
「では、いただきまーす」
「それ解せねぇっ!」
 ラファエルは手を合わせた後、ダウドに人工呼吸を施した。ジャミルの目の前で、ダウドの口付けが奪われてしまった。ジャミルの記憶の中では、恐らくあれはダウドにとってのファーストキスであろう。


「ぷはーっ」
 手の甲で口元を拭うラファエル。嬉しそうに緩む口元が憎らしい。
 ジャミルは自分の腹の中で、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。食って掛かろうとしたが、ダウドが咳き込みながら目を覚ましたので、難を逃れたラファエルであった。


「げほっ、げほっ」
「ダウド、大丈夫か」
 ジャミルはダウドの背中を優しく摩る。
「おいら、どうして湖の中に入っちゃったんだろう」
「………………」
 仲間達の視線がジャミルに突き刺さった。
「ドジだからウッカリ入っちゃったのかな」
 えへへ。ダウドは照れ笑いを浮かべる。ちょっとそんな彼が可愛いと思う仲間達であった。
「心配かけてごめん」
 とどめの一言が、ジャミルの良心を乱れ突きにする。


「くしゅっ」
 くしゃみをして、ダウドが震えた。寒いのだろう。
 先ほどのアルベルトの言葉が脳内で再生される。


 脱がさないと!


 リピートされる。


 脱がさないと!
 脱がさないと!
 脱がさないと!
 脱がさないと……


 エコーのように響いた。




「そうだ私も服が濡れているんでした。脱がないと」
 アルベルトは1人で頷いて、上着に手をかけた。
「そうだね」
 ダウドも脱ごうと手を衣服の中へ入れるが、悴んで思うように動かない。


「大丈夫ですか?」
 脱ぐのを中断し、四つんばいになって、アルベルトはダウドの元へ寄った。
「お手伝いします」
 そう言って、ダウドの服に触れる。
「じゃあおいらも」
 何を思ったか、ダウドはアルベルトの服を脱がし始めた。2人は脱がし合い出す。
 あまりの急な展開に、ジャミルは口をぽかんと開けたまま、傍観していた。


「寒いだろう」
 ダウドの横にちょこんと座って、ダークが彼の腕を摩ってやる。
「髪もびしょ濡れですね」
 ラファエルはダウドのターバンを取り、乱れた髪を手櫛ですいた。
「お、俺も…」
 ジャミルも何かをせねばと、ダウドの腰布を解く。


「ちょっとジャミル…」
 ダウドの頬に赤みが差す。


「ジャミルさんのエッチ!」
 アルベルトがしずかちゃん調で、ぴしゃりと言い放つ。
「エッチ!」
「…………エッチ」
 ラファエルとダークが彼の後に続いた。


「なんで俺にばっかり言うんだよ!」
 ジャミルは思わず腰布から手を離し、顔を赤らめる。


 ダウドはこの状況に、このまま脱がされたらどうなるんだろうと今更、危機を感じていた。










タイトルが思うように浮かばなかった。
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