「ねえ。やっぱりやめよう」
 頼りなく揺れる瞳。ダウドの視線は天井を彷徨い、彼を見下ろすジャミルの視線に辿り着いた。
「なんで」
「無理だよ。痛いのは、嫌だよ」
「大丈夫だって」
 あっけらかんとしたジャミルの返事。
「何が大丈夫なんだ。根拠なんて無いくせに」
 ダウドはムキになって抗議した。
「ああ、無い」
「……………………………」
 開いた口が塞がらない。
 僅かに開いた唇のライン。それがジャミルには官能的に見えた。



観念



 2人で旅した先に寄った宿屋。少しだけ休むはずだった。少しだけ抱き締めあって、それで終わるはずだった。しかし終わる事はなく、ダウドは体を押されて、そのままベッドに仰向けに倒されて、ジャミルに馬乗りされて身動きを取れなくさせられた。
 自分を見下ろすだけで、ジャミルは何も言わなかった。体が触れ合っている温度が何かを急かす。本当にジャミルは何も言ってこないものだから、痺れを切らしてダウドは口を開いた。


 ねえ。やっぱりやめよう、と。
 いつもはこれで通じた。ジャミルは無理強いをさせるつもりは無いようだったから、いつもはこれで通じていた。


「絶対痛いよ。痛いに決まってる。だったらジャミルにおいらがする。それで良いじゃない」
「嫌だな。俺はお前に挿れたいの」
 ジャミルの人差し指がダウドの胸に降りてきて、とん、と押される。
「ど、どうしてそう強引なんだよ!自分勝手!自分勝手!」
「わかってる。いつもダウドに押し付けているかもしれない」
「……………………………」
 指は胸から首元へ上がって来て、ネックに引っかかり、下ろされると白い首が姿を見せた。薄暗い部屋に浮かび上がると、ジャミルは眼を細める。
 くっ。ダウドは息を呑んだ。喉の奥が絡まる感じがして、上手く飲み込めなかった。


 やんわりと、ジャミルの手を包んで離す。


「ま、待って。自分で脱ぐ」
「お前、ダラダラ脱ぎそうだから、却下」
「待って、ダラダラしないから。待って」
「一人で脱がされるの嫌か?じゃあ俺も脱ぐよ」
「そうじゃなくて、待って、待って。待って…………待ってったら」


「俺は、待ったよ」
 ジャミルの呟きに、ダウドは顔を上げた。
「ずっと、待った。無理強いはさせたくないから、お前が嫌そうにしたら我慢した。でも、もう駄目だ。待てない」
「……………………………」
「観念しな、ダウド」
「…………………は、はい」
 ダウドはこくりと頷いた。もう避けられはしない。


「………え?良いの?」
「え?」
 意外と素直なダウドの反応に、ジャミルは少しばかり驚いた。






「よ、よし。じゃあ始めるか。よし」
「よしってやめてよ。何か嫌だそれ」
 ジャミルはてきぱきと服を脱ぎ始める。脱ぎ捨てられた衣服はシーツを引き摺るように床へ落ちた。上半身のものを全て脱ぎ払い、身を屈めてダウドの頬に顔を摺り寄せた。
「………は………」
 くすぐったそうに、息を吐く。


「ひっ…………」
 首元を噛まれるように口付けされ、ダウドは声を上げる。生暖かい水気を帯びた舌が、耳の裏、耳の輪郭をなぞっていく。


 体が震える。
 恐怖なのか、それとも歓喜なのか、甘い刺激が判断を鈍らせる。
 上着を捲し上げられ、素肌を晒されると外気にあたって、ぶるっと大きく震えた。


「すげえ心音。大丈夫か?」
 ダウドの胸に手を当てて、耳元でジャミルが囁く。
「バクバクして、死にそうだ」
「俺はどう?」
 投げ出されたダウドの手を持って、自分の胸に合わせてみせる。
「よ、よくわかんない」
「こっちかな」
 手をずらして、中央の辺りに持ってきた。
「………うん……」
 音がする。ジャミルの胸も早鐘のようになっていた。


「ジャミル」
 頼りない瞳がきょろりと動いて、ジャミルを見つめる。
「おいら、ジャミルの手が好きだ。ジャミルのキスも好きだ。ジャミルに触ってもらうのも好きだ。でも」
「でも?」
「セックスは男と女でするものだ。男同士でやったらどうなるの?意味はあるの?その先はどうするの?ねえ」
 胸に当てられた手が、ぐっと押してくる。
「先なんてわかんないんだから、考えるな。いつだって、そうだったじゃないか」


 こうして旅をしている時も、南エスタミルで盗賊稼業をしていた時も、明日の保障はなかった。今この時を生き抜く事だけを考えてきた。先のことなど考えても、良い事はなかったかもしれない。


「お前は俺が好き、俺はお前が好き、我慢が出来ない、抱きたい、だから抱く」
 ジャミルは全体重をダウドに預けて、きつく抱き締める。ぎこちない手つきで、ダウドはジャミルの背中に手を回し、顔のすぐ横にある、彼の頬に唇を寄せた。






「………痛い………」
 うつ伏せに体勢を変えて、ダウドは苦痛に顔をひそめる。握ったシーツを離すと、しわで出来た小さな山が立っていた。横目で床を眺めると、あの後に脱ぎ払った服の裾が見えた。今、ジャミルがちゃっかりと用意していた潤滑油で、あまり考えたくない部分を指で慣らしている最中である。
「力抜けって」
 ジャミルの声に混じって、水音が聞こえる。
「抜いてるよ。でも痛い」
 不満ばかりを口に出した。
「…………痛い……」
 自然に溢れた涙で視界が曇る。
「そろそろ良いか?」
 ジャミルが伺ってくる。焦ってはいけないとわかっていても、生理的な都合は悪くなって行くばかりであった。ダウドは頭がもぞっと動く。


 ジャミルはダウドの最奥に自身を押し当て、腰を埋めていく。指とは全く異なる容量の物が入っていく。
「ご、ごめ」
 きつさに耐えられず、ジャミルは腰を揺らした。
「………あっ………」
 ダウドは口を開けたまま、喉の奥から悲鳴を上げる。
「くっ………………」
 歯を食いしばって、痛みに耐えた。高揚した頬の上を、熱い涙が伝う。
「…………は………」
 ジャミルも熱い吐息を吐く。汗で張り付いた長い前髪も避ける事無く、腰を揺らし続けた。ダウドの腰を抑えていた片方の手が、ダウド自身に触れて、包み込んだ。快楽の大波が押し寄せて、意識がどこかへ行きそうになる。


 痛いはずなのに、気持ちが悪いはずなのに、燃えるように熱い体が、ジャミルのその温度に溶け込んで、もう少し、もう少し、このままでいたいと思わせる。少しといわず、ずっとが良い。ずっとこのままでいられれば良い。しかし夢の時間はそう長く持たず、熱が高まり続け、限界を告げる。
 ジャミルは既に自身を引き抜き、欲望を吐き出した。それとほぼ同時に、ダウドも欲望を吐き出す。自身を包んでいた手の間から、流れ落ちた。






「これじゃ普通の料金だ」
 ぐったりとしたダウドが今更どうにもならない事を呟く。
「ただでさえ貧乏なのに。どうすんの」
「どうすっか」
 ダウドのすぐ横にジャミルは腰掛けた。ダウドが動けないので今日はもうここで休むしかない。
「痛い事しないと、何も手に入らないからな」
 ジャミルはダウドの頭に手を載せ、髪をくしゃくしゃとさせる。
「ゆっくり考える事にしようぜ。時間はあるし」
「ん」
 ダウドはジャミルを見上げた。痛みに恐れては、あの快楽は手に入らない。ジャミルにも言われた、わかっている。観念せねばならないのだと。










言い訳の言葉が思い浮かばないよママン。
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