存在



 南エスタミルの路地で、ジャミルとダウドは壁に背を付けて息を整えていた。
 今し方、北エスタミルの豪邸から、金品を盗んで来て逃げてきた所である。
「今回は、ちょっとヤバかったよな」
 汗を浮かべてジャミルは笑う。
「ちょっとじゃないよ!死ぬ所だったじゃないか」
 思わずダウドは背を離して抗議した。感情が高ぶって涙ぐむ。


「生きて帰って来たんだから良いだろう。お前本当に泣き虫な」
「泣いてなんかない。涙が出ただけだよ」
 手の甲で、目を擦った。
「そんな汚れた手で擦るなよ。ほら」
 ジャミルは袖を当てるようにして、ダウドの涙を拭ってやる。


「さて」
 袖を整え、足元に置いてある戦利品の入った袋を持ち上げて、中を覗いた。
「危険を冒しただけあって、すげーのが手に入ったな」
 大きな宝石を取り出して、様々な角度から眺める。上品さに欠けるものがあるが、これは高値で売れそうだった。傷も無いし申し分ない。
「ジャミルは宝石が好きだね」
「ああ好きさ。ダウドも好きだろ?」
「おいらはお札の方が良いや」
「ロマンが無いねえ」
 くくっ。ジャミルは喉で笑った。


「宝石ってのはさ、たくさんの汚れた石コロの中から選ばれたモンだろ?俺だって、この町にいつまでもくすぶるつもりは無い。そうだな、俺にとって宝石とは成功者にして目標でもあり、尚且つ生活も助けてくれる、ありがたーい存在なのだよ。おわかりかな?」
「ジャミルが欲深なのはわかった」
 ダウドはこくりと頷く。
「でもさ、一日暮らすのだってこんなに必死なのに、町を出るなんて無理だよ。出たら出たで、さらに危険な目に遭うかもしれないし。ジャミルさ、いつまでもそんな事思っていたら、いつかさ」
 死んじゃうよ。
 最後の方は聞き取り辛かったが、恐らくそのような言葉が続いたであろう。


「かもな。しかしなダウド、それがどうした、だ」
「そんなの勇気でも何でもないよ。そういう風に、開き直らないでくれるかな」
 堂々としたジャミルの態度に、彼がいなくなってしまう事を想像してしまい、目の奥が染みてくる。
「お前こそ、そこで泣かないでくれるかな」
 ジャミルは頭の後ろに手を回して、決まり悪そうに髪をいじった。


「もしもだ」
 僅かに視線を落とし、ぼそりと呟く。
「え?」
「もしも、俺が死んだらさ」
「だからやめてよ…!」
「お前は泣くな」
「……………………」
 ダウドには、ジャミルが何を言いたいのかわからなかった。
 怪訝そうに見つめるダウドの濡れた目元に、またジャミルの袖が当てられる。


「誰がお前を泣き止ますんだよ。ファラやおばさんに、そんな顔見せる訳にもいかないだろ?」
「おいらはそんなに泣き虫じゃないって。じゃあさ、おいらが死んだらジャミルどうする?」
「ダウドが?」
「そ、おいらがだよ」


 ダウドの問いに、ジャミルは腕を組み、空を見上げたり地面を見下ろしたりと、首を上下に動かした。


「あー………それは無いな」
 うん、と自分で自分に頷いてみせる。
「俺はさ、残されるのは御免なんだ。俺が先でお前が後。だから考える必要もないから、答えは無しだな」
「泣くなとか残していくなとか、本当に勝手だねジャミルは」
 呆れて物が言えないとは、こういう事なのだろうか。ダウドは苦笑した。
「俺はそういう奴だ。良く知っているだろう?」
「よーく、知ってますとも」
 しみじみと頷く。


 強気なジャミル。
 勝手なジャミル。
 格好良いジャミル。
 憧れのジャミル。


 いつもダウドの目にはジャミルはとても眩しく感じた。傍にいると温かくて落ち着く、太陽のような存在。太陽だから、きっと触れたら自分は灰になってしまうかもしれない。見つめているだけにした方が良いのかもしれない。ああそれでも、それがどうしたと、彼のような強気で近付きたいと思う。誰にも言った事の無い、秘めやかな願いであった。


「さ、いつまでも隅っこに固まってないで、出るぞダウド」
 自然とジャミルはダウドへ手を差し伸べていた。
「うん」
 ダウドも無意識に手を取る。
 2人手を繋いで、薄暗い路地を抜けて大通りへ出た。太陽の光が歓迎するように照らす。










ジャミルは貪欲、ダウドは現実主義そうでただの怖がりというかエスタミルヒッキー。
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