夢を見ていた。


 長く、遠い、夢を。
 いつ見始めたのかさえ霞むくらい、長い夢を。


 甘く
 悲しい


 苦しくも
 優しい


 長い夢を。


 彼の温もりに触れたのが、夢の始まりだった。







 偶然出会った同業者
 年も近く、身長もそう変わらない
 合わせ鏡とまでは言わないが、良く似ていた。
 性格は、ほぼ正反対だった。


 一緒に仕事をしないかと頼み込まれた時、1つ決めた事がある。
 これで人を信じるのは最後にしようと。
 もう、これきりにしようと。
 もう、裏切られるのには、ほとほと疲れ果てた。


 彼を信じる事に決めて、数年が経つ。
 相棒と呼ぶまでに、信頼できる相手となった。


 今までの俺からは考えられない事であった。


 彼と出会って
 大きく喜び、大きく悲しみ、時には怒り、時には涙を、共に分かち合った。
 ファラには丸くなったと言われた。
 幼馴染といっても、彼女に優しくできるようになったのは、彼と出会ってからであった。
 昔は刺々しく、随分酷い言葉を浴びせてしまった思い出もある。


 彼と出会って
 世界に色が付いて行くのを感じた。
 面白みの無い、生きていくだけの灰色の世界に、色が。




 ふと、思う時がある。


 これは夢なのではないかと。
 彼ともし、出会わなかったらと。


 ふと、思う時があるのだ。


 目覚めれば、孤独な俺がいて。
 灰色の世界で、蔑みながら罪を背負い、いつ潰れるのかわからない日々を、ただ生きていて。


 夢見た事を思い出し、あれは夢なのだと、諦めて、いつしか忘れていくのだと。


 決して心地よくは無いが、良い夢だったと、諦めて、いつしか忘れていくのだと。


 甘く
 悲しい


 苦しくも
 優しい


 長い夢だったと。


 今日も、聞き慣れた、風のような、空気のような、そんな声で、俺の事を呼んでくれるのではないかと、淡い期待をして、あれは夢なのだと、諦めて、いつしか忘れていくのだと。


 ジャミル


 そんな声で、呼んでくれるのだ。


 ジャミル


 そんな声で、呼んでくれるのだ。




「ジャミル」
 ジャミルはハッとして、瞼を開けた。
 丸くしたままの目に映るのは、ダウドの姿であった。
「良かった」
 息を吐いて、ダウドは目を細めて安堵する。
 背中に固く冷たい感触。石畳の上に転がっていたようだ。頭にはまた別の感触がする。温かく、少しだけ柔らかいが、石とは別の固さ。ダウドの膝であった。どうやら膝枕をされているようだ。
 薄暗く、狭い空間だが空は空いている。恐らく南エスタミルの裏路地だろう。
 体を動かそうとすると、痛みが走った。腹の辺りを触れると、湿った包帯が巻かれていた。
 問おうとするジャミルに、ダウドが先に説明する。
「ジャミル、刺されたんだよ。慌ててここに運び込んで、手当てをしたんだ」
「なるほどな。夢のクセに、痛みだけはありやがる」
「夢?」
 ダウドはパチクリと瞬きをした。


 ジャミルは深呼吸をして、空を見据える。
「青い」
 吐息のように、呟く。
「え?」
「空だよ」
「うん、青いね」
 ダウドも空を見上げた。
「知らなかったんだ。空が青いなんて」
「なんで」
「知るかよ。お前と会ってからなんだ。空の青さを知ったのは」
「おいらも、ジャミルと会ってからだ。空を見て、青いと感じるようになったのは」
 そうして2人口を閉ざして、青い空を眺めた。


 瞳に焼き付く空の青。
 だが、髪で隠れた瞳は、夢の目覚めを待っていた。
 目覚めるなら、早くしてくれと。これが夢なら、早く醒まして欲しいと。




 夜が訪れても醒めぬ。
 痛みを背負っても醒めぬ。


 夢を見ていた。


 長く、遠い、夢を。
 いつ見始めたのかさえ霞むくらい、長い夢を。


 甘く
 悲しい


 苦しくも
 優しい


 長い夢を。


 醒めるとしたら、この手で彼の息を止めてしまう時なのか。
 そんな夢にも無い事、出来るはずも無い。










ジャミルとダウドはそう年も変わらないと思ってます。ダウドが少し年下。
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