おいらとジャミルは同じ地に生まれ、同じ物を見ていたはずなのに。
 抱くものは全く違ったんだね。



懐かしい景色



 真夜中。南エスタミルの外路地を二つの人影が歩いていた。
 ジャミルの後ろを、ダウドがついてきている。
 町の中は静寂に包まれ、靴音がよく響く。呟きさえも、すぐに耳に届く。
「ジャミル……」
「なんだぁ」
 振り返らずにジャミルは返事をした。
「今日は、ごめんよ」
 今夜の盗みはダウドのヘマで十分な稼ぎは得られなかった。
「気にすんな」
「許して、くれるの」
「しつけえなあ」
 面倒そうに言うが、素直にそうだと言えないだけである。
「そうなんだ。優しいね」
「優しい?そうか?」
 猫背をさらに屈め、肩を揺らして笑う。自然とジャミルの足は止まり、ダウドも足を止めた。
「ジャミル、よく笑うね。なにか良い事あった?」
「なにも無いぜ」
 あっさりと返す。
「ねえジャミル。夢を話してくれたよね」
 俯いた顔の前で指を絡め、ダウドはジャミルを見詰める。
 ジャミルの夢――――それは伝説の石・ディステニィストーンを探す事であった。
「どうしたいきなり」
「ディステニィストーンを見つけたら、どうするの」
「そうだな……」
 長い耳の端を弄りながら、ジャミルは言葉を紡ごうとする。


「まず、でっかい家を建てる。次に盗賊たちを治めるんだ。ファラたちにも世話になったし、土地を用意させて……」
 振り返り、ダウドと向き合う。
「ダウド、お前にも分け前やっから」
 影で表情はよく見えないが、笑っているようであった。
「うん……」
 ダウドは相槌を打つしか出来ない。




 ジャミルはあまりにも遠すぎた。
 追いつこうとは思えなかった。無理だとわかっていたからだ。
 雲を掴むような話でも、ジャミルには実現できそうな不思議な力と輝きが見える。
 ジャミルならば、たとえ伝説の石でも手に入れられる気がしてならない。


 遠い未来。夢が叶うであろう未来。
 そこに、ジャミルの傍に、ダウドは自分がいられないと予感していた。


 いつか、ジャミルは遠い場所へ行ってしまう気がしていた。
 彼にはこの南エスタミルの地は狭すぎるだろうから。
 いつか、二人には別れが訪れる。別れたら、二度と会えない気がする。
 ジャミルは振り返らないだろう。振り返らない、彼が好きなのだろう。


 目を細め、静かにダウドが笑う。
 目尻が染みて、視界が一瞬ぼやけた。


 いつか訪れる別れが、既に起こったかのように。
 懐かしんで、諦めている。




「ジャミル、今夜は満月だよ」
「お、ホントだ」
 ジャミルは空を見上げる。彼の次にダウドも見上げた。
 暗い闇に、大きく丸い月が絶対の存在感を醸し出していた。
「夜が来る度に思うよ。本当に、朝は来るんだろうかって」
「夜の方が仕事はしやすいし、朝はいらねえと思っていた」
「そお?」
 怪訝そうにダウドはジャミルを見据える。
「今は朝も良いかと思っている。ほら、明るい方が見やすいだろ。色々とな」
 ジャミルもダウドを見た。
 彼の言う通り、明るい方がより見易くなるのだろう。


 ああ、未来など訪れなければ。
 胸に小さな痛みを秘めて、今ここにいる彼を瞳に焼き付けた。










夢←ジャミル←ダウド。
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