雪の日
暗闇の空から、真っ白な雪がしんしんと降り注ぐ。
バルハラントのガト村。一軒だけある宿の一室で、ダウドは寝込んでいた。エスタミルとは異なる気温の変化に体が付いていかず、熱を出してしまった。
ベッドに椅子を引き寄せて、連れのダークが看病をする。桶に溜めた水の中にタオルを浸し、絞ってダウドの額に乗せた。
「………………………」
ぼんやりした瞳で、赤い顔をして眠るダウドを眺めていた。
ドアの開く音が聞こえ、ダークは振り返る。
「よう」
軽く手を上げて、ジャミルが挨拶をした。
つかつかと歩み寄り、ダウドの様子を確かめる。
「どうだ?」
「落ち着いてきたようだが、まだ熱は下がらない」
ぼそぼそとした口調で、ジャミルに容態を伝える。
「そうか……」
ジャミルの顔が曇った。腰に手を当て、呻る。
「目覚めた時の為に、何か果物でも買ってくる」
背を向けようとすると、ダークが呼び止めた。
「待て」
「どうした」
「傍にいてやらないのか」
「だから、買い物を」
手で荷物を表現してみせる。
「随分、余裕だな。慣れているのか」
「なんだよ。突っかかりやがって」
手がだらんと下がる。
「俺は、熱を出したダウドを見るのは初めてだ。こんなに苦しんでいる……心配だ」
ダークはダウドの額に乗せたタオルに手を置いた。
「俺だって心配に決まっているだろ。お前もいるし、少しくらい外へ行っても……」
「そうだったな。すまなかった。俺は何を言っているんだろう」
人形のように、頭を傾けさせて俯く。
「おいおい、熱が移ったんじゃないか」
苦笑して、ジャミルは部屋を後にした。
「………………………」
背中で押すようにドアを閉めて、廊下へ出る。
いてやらないのか。
ダークの先程の言葉が、ジャミルの脳裏で響く。
ぎくりとした。
ダウドは寂しがり屋で、傍に誰かがいて欲しいと思っているかもしれない。
自分だけで、動き過ぎたのかもしれない。
いつもそうして、勝手に動いて、一人でやってのけて、ダウドに不安を抱かせてしまっているかもしれない。
必要ないと、思わせてしまっているかもしれない。
ジャミル自身もわかっている。それはいけない癖だと。
本当は、誰よりもいて欲しくて、傍にいて欲しくて。
大切にしたいから、傷付けたくないから、失いたくないから、一人で抱えてしまう。
一人で突っ切ってしまっていた。いつもそうして、過ぎた後で後悔するのだ。
ダウドの看病をするダークに、昔の姿が重なる。
孤独で、どう人に接したら良いのか分からなくて、横でダウドが目覚めるのをただ待っていた。
確かその時も、今と同じような雪の日だった覚えがある。
寒くて静かだった覚えがある。
ジャミルの目が、懐かしむように細められた。
だが、唇は歯がゆそうに噛み締められていた。
ドアから背を離し、薄暗い廊下を一人歩く。
外へ出て白い息を吐くと、空を見上げた。
静かに舞い降りる雪は美しく、呆然と立ち尽くし、見惚れてしまう。
「………………………」
ゆっくりと瞼を開けて、ダウドは目覚める。
瞳を動かすと、ダークと目が合う。
「ダウド」
一言名を呼び、安心したように目を細めた。
笑うように、ダウドの口元が綻んだ。
「ジャミルかと思った」
「………………………」
ダークは首を傾げる。
「ダーク、ちょっとだけ出会った頃のジャミルに似てる」
「ジャミルに?」
「うん」
「そうか」
ぽつりぽつりと、会話を交わした。
「また、眠るね」
「お休み」
「うん」
ダウドは目を閉じ、また眠りに付く。
瞼の奥に、ただ自分の名を呼び、目を細める、少年だったジャミルが映る。
傍にいてくれた事が嬉しかった覚えがある。
再び目覚めた時は、ジャミルが気を利かせて果物を持って来てくれるのだろう。
嬉しいのだが、どこかが寂しい。
ダークが初めて記憶を取り戻したのは、ガトの村でした。
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