「ダーク」
辿り着いた町で、何か記憶に関係するものを探しに歩いていたダークを、ダウドが呼び止める。
立ち止まり、振り返った。小走りで駆け寄り、息を切らしたダウドが言った言葉は。
「ごめんね」
侘びの言葉であった。
ごめんね
「どうした」
丁度あった石階段にダークは腰掛ける。
「うん……」
ダウドも隣に座った。
「何日か、この町に滞在する事になるかもしれない」
「何かあったのか?」
「うん……」
俯き、ダウドは顔を曇らせる。
「次に行く場所が決まらなくて」
足を置いた段を一段上にして、膝を抱えた。
「ジャミルと揉めちゃった」
「喧嘩か」
「そうなるね」
肩を上下させ、苦笑する。
「お前達はよく喧嘩をするな」
「そう?」
ダウドはやや上を見上げて思い返し、“そうかも”と呟く。
「だいたいジャミルの決めたルートで行ったら、命がいくつあっても足りないよ。危険は避けるって、もしもの事を考えない。おいら間違ってる事、言っていないと思うけど」
ダークの肩を揺らして、同意を求めた。
「俺に言っても仕方ないだろう」
「そうだけど、ジャミル怖いんだ。睨むとすっごいんだ」
両目の端を指で引っ張り、目つきの悪さを強調する。
「それは怖そうだ」
こくりと一回、頷くダーク。
「なんでおいら、ここにいるんだろう」
閉じた膝の間に顔を伏せ、擦り付ける。
「俺もだ」
ダークも、ダウドと同じように膝を抱えて呟いた。
「どうにもなるものでも、ないんじゃないか?」
「ひょっとして、慰めてくれているの?」
僅かに顔を上げて、ダウドはダークを見る。
「………………………」
何も言わず、小首を傾げた。自分でもよくわからない。
「ま、良いか。ジャミルに再戦を申し込む覚悟が出来たよ」
すっくと起き上がり、胸の前に拳を作るが、立ち尽くしたままだ。
「行かないのか?」
ダークの声に、ギギギ…と首を向ける。
「だ、ダークも来て…」
カタカタと震える手を、ダークの肩に乗せた。
「構わないが、味方はしないぞ」
「ジャミルに付くの?」
「どちらの味方もしない」
前を見つめるダークの目が半眼になる。
「2対1では、哀れだろう。多勢の中の孤独は、辛いぞ」
「そうだね。よく…………わかるよ」
間を空けて、ダウドは頷く。
「ひょっとして、ダークって優しい?」
後ろで手を組んで、ダークをまじまじと見下ろす。
「ただ、知っているだけだ」
「そういう事にしておくね」
ダウドはくすくすと笑った。
ダークも立ち上がり、2人で石階段を上ると、ジャミルとばったり鉢合わせてしまう。
「あわわ…っ」
ダウドは素早くダークの背中に回り、マントを持ち上げて中に隠れた。
「お前、隠れるの遅すぎ」
ずかずかと大股でジャミルは近付き、ダークの前に立つと腰に手を当てる。
「おいら絶対ヤダかんね!」
隠れているせいか、ダウドは強気に出た。
「だから、大丈夫だって言ってるだろ。ダーク、お前ジャングル平気?」
「別に…」
「なー?面白いと思わねえ?」
「それは…」
ダークは首を横に振る。
「ダークからも説得してくれよ。ジャングル楽しいって」
「楽しいとは思わないが、注意すればさほど危険では無いと………思う」
行った事は無いので絶対とは言えないが、背中にいるダウドへ話しかけた。
「ダウド。お前………虫が嫌なんだろ?」
ジャミルがニヤニヤと嫌な笑いを浮かべてからかう。
「それもあるけど!」
あるのか。
ジャミルとダークは同時に心の中で言う。
「ジャングルなんて秘境じゃないか。全然知らない所、絶対嫌だ!」
「知らないってなぁ。エスタミル以外、なーんも知らないんじゃねぇの?」
もはやジャミルは呆れてしまう。
「探検とか言って、深く入り込んで出られなくなるんだ。ジャミルは地図独占するくせに音痴だし」
「おっ………」
顔を引き攣らせ、一歩後退る。
「結論が出た」
ばさっ。
ダークはマントを翻し、ダウドを出した。
「地図はダウドが持ち、今回は深入りしないという事でどうだ」
「しょうがねえな」
ジャミルはダークの意見に同意する。
「ダウド」
背中を向けたままの、ダウドを呼ぶ。
「知らない所が嫌なのはわかる。だが、俺もジャミルも初めてだ。ようは考え方だ。ジャミルのように、楽しもうとすれば良い。そう簡単に出来は……」
「わかったよ」
ダークが言い終わる前に、ダウドも同意した。
「おいらも、努力しなくちゃね」
「よく言ったな」
ダウドの頭の上に、ダークの手が乗せられる。ダウドは照れ笑いを浮かべた。
「ダークの前だと随分素直なんだな」
歩み寄ったジャミルがダウドの胸を突っつく。
「ジャミルが強引過ぎて、良い顔すると調子に乗るからだよ」
「エスタミルを出てからホント、ジャミル様に楯突くようになりやがって」
目がすうっと、細くなった。
「その目で見るのやめてー」
ダウドはダークの背中に回り、肩から顔を覗かせる。
「やれやれ」
覆面で隠れて見えはしないが、ダークの口元は笑っていた。
ジャミルもダークも地図音痴だったり。地図の読めない男たち。
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