混沌
ダウドだけに、そっと伝えた。
話があると。
夜、ダークはダウドを連れて、誰にも見つからないように宿を出た。民家から離れた茂みの中まで来ると立ち止まる。ここへ来るまで、ダウドは何も言わなかった。話というのが大切なものだとわかっていたから。ダークはもう記憶喪失者ではない、アサシンギルド後継者の記憶を取り戻したのだ。
歩く背中を見ていても、その動きは以前とは違っていた。正体は驚くものがあったが、記憶を取り戻した事に関しては、素直に喜ばしい。しかし、もうあの頃のダークはいないのだと思うと、何か寂しいものがある。
「話って何?」
木の幹に寄りかかって、ダウドは問う。
「そうだったな」
以前のぼんやりとした口調ではなく、はっきりとした口調であった。
「……………………」
ダークはダウドの視線を逃れるように、背を向ける。
「ダーク?」
背を離して歩み寄ろうとしたが、なぜか足が前に出ない。
「ねえ、ダークはサルーインを倒したら、アサシンギルドを復活させるんでしょう」
ダークの背中へ話しかける。
「そうだ」
「仲間とか、ダークの帰りを待っているの?」
「わからない…」
かすれた声で答えた。
「もしかしたら…」
既に全員、サルーインの手下に良い様に利用されて、この世にはいないかもしれない。
せっかく積み上げてきたものを一気に崩され、ゼロに戻された。屈辱と怒りと、何かの感情が胸で渦巻いて、その続きは口を閉ざした。
「どうしても、復活させなきゃ駄目なの?」
「当然だ。俺はその為に生きてきた」
「そうだよね……」
ダウドは顔を曇らせる。
「今、俺はサルーインという共闘の敵を倒す為に共にいるだけだ。全てが終わったら、もう俺には関らない方が良い」
「……………………」
声が返ってこない。ダークはダウドの方を振り返った。
沈み込んだダウドの顔。
お前は素質があるから部下に入れてやろう。冗談が浮かんだが、言わなかった。
「顔を上げろ」
ダークの言葉に、ダウドは顔を上げる。
「そんな顔をするな」
ダウドは不安そうな顔で、ダークを見た。
「俺は欲しいと思った物は、どんな手段を取ってでも必ず奪い取って来た」
真っ直ぐダウドの瞳を見据えて、ダークは言い放つ。
「だが俺は今、戸惑っている。どうしようか、迷っている」
歩み寄り、近付いてくる。反射的にダウドは後ろへ下がり、幹に背を付けた。
間近まで来て、影が差す。
「こんな事、今まで無かった」
ダークが体を押し付けてきた。ダウドの顔のすぐ横にダークの顔がある。頬と頬が触れた。ダークは立ち止まったが、話す気配を見せない。ダウドもどう声をかけたら良いのか分からず、2人無言で立ち尽くした。
ダークはダウドに話があると言って、ここまで連れ出した。
本当は、ここでダウドを奪ってしまうつもりであった。
ダウドを自分のものにしたかったのだ。
欲しいと思った物は、どんな手段を取ってでも必ず奪い取って来た。
己の欲望のままに、今までありとあらゆるものを手に入れてきた。
しかし、そんな事をしたらダウドは絶対に幸せになどならない。
今までだったら、相手の事などおかまいなしであったのに。
相手の事を考えているのだ。このダークというアサシンが。
記憶を取り戻したが、記憶を失っていた頃の思い出や経験を忘れる訳ではない。
完全に、あの頃へ戻れた訳ではない。
初めは何も無かった。だから手に入れる事がこの上ない快感であった。
しかし今はどうだろう。部下を失い、そして今また失う事を迫られている。
この時が、ダウドとの今生の別れだとでも言うのか、胸が苦しかった。
時間など、止まってしまえば良いと、柄にもない事を考えている。
戸惑いや迷い、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。
彼と、彼の仲間達といて、変わってしまった。
ダークは目を瞑り、ただ静かにダウドのぬくもりを感じた。
「ダーク…手を握ってくれなくなったね。おいらの名前も呼ばなくなった」
囁くように、ダウドは呟き、また黙り込んだ。
ダークは何も言わない。話というのも結局、よくわからなかった。
触れている部分は温かいのに、なぜか胸が締め付けられる。
ぬくもりは心地よいものだと思っていたのに、こんなにも悲しいと感じたのは初めてであった。
記憶を取り戻したら、今まで出来ていた事が出来なくなったりとかも良いかもしれないと妄想。
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