ヌケガラ
「出航まで、もう少しかかるって」
船から戻って来たジャミルが、港で待っていたダウドとダークに話す。
「それまで、どうしていよっか」
ダウドは腕を後ろで組んだ。
「俺は行き先の情報を、もう少し集めてくるよ」
「おいらも行こうか」
「いや、ダウドは」
ジャミルはダークを指す。
「こいつを頼む。1人にしておくと、どこかへ行っちまいそうだ」
「わかった」
「じゃ」
軽く手を上げて、ジャミルは町の中へ消えていく。残った2人は姿が見えなくなるまで見送っていた。
「何して待っていよう」
「どうする?」
顔を見合わせ、同じ方向に首を傾げる。そして自然と、視線は海の方を見つめていた。
ダウドは海を見る度にエスタミルの事を思い出す。海は全てに繋がっている。
「ねえダーク」
呼ばれて、チラリと横目でこちらを見るダークに笑いかけ、エスタミルであった事を語り出した。
「で………だった訳。ジャミル、ちょっと酷いよね。でもね………」
「そうだな」
相槌を打つダークの声色は笑っているようで、ダウドは身振り手振りで面白おかしく話そうとする。
「楽しい話を聞かせてもらった。俺も何かを話してやりたい所だが」
半眼になり、表情が曇った。
「生憎、思い出話が何も無いのだ」
すまない。
侘びの言葉は、あまりにか細すぎてダウドには届かない。
「思い出したら、話してくれる?」
「ああ、思い出したらな」
瞳が、安心したように見えた。
「おいら、エスタミルの事しか知らないんだ。外の事はなんにも知らないよ。ダークとあまり変わらない」
手頃な手すりに寄りかかり、ダウドは伸びをする。
「外で新しい事を知る度に、自分がちっぽけに見えてきて嫌になる。世界の本当の事、知るのが怖い」
「……………………」
俺もだ。
言おうとした言葉を、ダークは飲み込んだ。記憶は確かに取り戻したい。だが、得体の知れない真の姿を受け入れるというのには、躊躇いを感じる。そこには恐怖があるからだ。何も知らないのは幸せかもしれない。だが、生きている限りそうもいかないのが現実であった。
「ごめんね、変な事言って。こういう事、ジャミルには言えないから。ジャミルはそういうの、好奇心に変えちゃうんだけど、おいらには出来そうも無い」
背を離して、苦笑いを浮かべる。ダークは何も言わずに首を横に振った。
「でも、嫌なだけじゃない。旅に出て、良かった事もある。だからこうして旅をしているんだけど。おいらも、もしかしたらジャミルみたいになれるのかも。あと……」
「あと?」
ダウドは手を差し出す。
「君に会えて良かった」
ダークはゆっくりと手を伸ばす。指先は小さく震えていた。
握っても良いのだろうか、触れても良いのだろうか、自問自答を繰り返す。
ふわりと手を握られ、握り返した。手だけだというのに、胸の中で何かが波打つ感じがする。
「思い出、無いなら作れば良いよね」
「そうだな」
たとえ真の姿を見た先にも、この時を大切にしていたいとダークは思う。たとえ、何が待っていたとしても。
ふと横を向くと、ジャミルが駆けてくるの姿が見える。空いた方の手で、2人は手を振った。
見せつけ?
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