辿り着いた町の食堂で、ジャミル、ダウド、ダークの3人は夕食をとっていた。
 ダークの空になったグラスに気付き、ジャミルは酒を注いでやる。
「ほら」
「すまない」
 グラスを持ってあおる姿に、ジャミルとダウドは違和感を覚えずにはいられない。ダークは記憶を取り戻してから、食べ方まで変わってしまった。早食いになり、酒を良く飲むようになった。もう一つ変わった事と言えば、以前は覆面をしたまま、いつの間にか食事が減っていたが、今は堂々とはずして食べている。ダーク曰く食べる時は、はずすのは当然だそうだ。確かに普通の事だが、記憶を失っていた時は何か意味があるのかと付けたままにしていたらしい。


「ペース速いな」
「酒は好きだ」
 また空になったグラスを置き、自分で注ぐ。瓶を手に持ったまま、口をダウドの方へ向ける。
「おいらはいい」
 ダウドのグラスには水が入っていた。悪酔いをしやすい為、酒はあまり好まなかった。
「そうか」
 ダークは瓶を置く。
 2人の様子を眺めて、ジャミルは黙々と料理を食べた。記憶が戻ってからというもの、ダークとダウドの仲があまり良くない。あれほど仲良くしていたのに。接し方に戸惑いがあるのか、お互い距離を置いて反応を探っているようであった。
「ごちそうさま」
 ナイフとフォークを置き、ダウドはナプキンで口を拭う。
「先、宿に戻っているね」
 そう言って席を立ち、店を出て行く。
 ダークはグラスを口に付けたまま、いなくなった席を見つめていた。




 宿の個室へ戻ると、ダウドは明かりも付けずにベッドへ倒れ込んだ。うつ伏せになって、シーツに顔を擦り付ける。横に転がって溜め息を吐いた。
 先に席を立ったのは、居心地が悪かったというのもあるにはあるが、それだけの理由であんな事はしない。食事をしていたら、急に疲労が体へ圧し掛かってきたのだ。具合でも悪くしたのか、酷くだるい。一体どうしたというのだろう。
「ん?」
 気配を感じてダウドは、眉を顰めてその方向を向いた。


 そこには、ダークが佇んでいた。
「ダーク」
「やっと気付いたか」
 音を立てずに近付いてくる。
「どうだ具合は」
「うん…………何とか………」
 ダウドは答えた後に、ぴくりと顔を上げた。
「………………………」
 怪訝そうな表情でじっと見つめてくるものだから、ダークは目を細めて、種明かしをする。


「水の中に入れさせてもらった」
 小瓶を取り出して、顔の方へ持ってくる。
「なに、少しだけ体が重くなったように感じるだけだ。効果もそんなには続かない。そろそろ無くなっても良いはずだが?」
 言われてみると、だるさはもうほとんど感じない。
「どうして、こんな事をしたの?」
「………………………」
 ダークの温度を感じない瞳に、ダウドは身を竦める。


「俺が怖いか?」
「え………?」
「聞こえるぞ、震える音が」
 ふっとダークの姿が消えた。どこへ行ったのかと探そうと首を動かそうとした瞬間、ダウドは組み敷かれた。向き合う2つの体。両手首をつかまれ、足をからめられる。ダウドは息を呑んだ。


「避けるのか?俺を」
「そんな事は…」
「避けているだろう」
 鋭いナイフのように、ダークの瞳はダウドを射抜いてくる。目は口以上に訴えてくる。
「………おいらは………ダークが怖い………」
 正直に答えた。アサシンだからというのもあるが、ずっと同じだと思っていた存在が遥か遠くの存在だと知った事が、恐れを抱かせているのだ。
「酷いな……」
 喉の奥からやっと搾り出せたような声。
「お前から、近付いておいて………」
 覆面で顔が半分隠れていたが、悲しみに歪んでいた。こんなにも感情を露わにしたダークを見るのは初めてである。
「本当の俺は……受け入れてはくれないのか……」
 手首を掴む手に力が篭る。
「俺をこんなにして、どうしてくれる」
 重心をかけてきた。


「あ………………」
 ダウドは、今になって自分のしてきた事に気付く。
 優しくするだけして、ぽいと捨てられてしまう。気まぐれな優しさ。求めれば求めた分だけ裏切られ、傷付いた。孤独な自分は1人途方にくれた。散々されてきた嫌な思い。それを、ダークにしていたというのか。
「……………ごめん」
「謝るな。謝罪を求めていた訳ではない」
 掴む手を緩めた。
「一言、言ってやりたかっただけだ。薬を使ったのも、場所と時間が欲しかっただけだ。俺もどうかしていたのだろう」
 酒を良く飲むようになったが、今夜は量が多かった事をダウドは思い出す。もしかしたら、自らわざと酔わせていたかもしれない。
「考えすぎだ」
 見透かすように、呟くダーク。
「俺を怖がる、当然の反応だ。その方が良い、きっと」
 僅かに視線を逸らし、ベッドから降りようとする。
「……あ…………あの……………」
 ダウドは身を起こし、何か言わねばと手を伸ばすが、浮かばずに空を泳ぐ。




「ダーク」
 腕に触れた。
「おいらは、何をしたらいい?」
「何もしなくていい」
「でも…」
「やめてくれ。これ以上、掻き乱すな」
 振り払おうと腕を上げるが、ダウドは両手を使って引き寄せようとする。不意打ちにバランスを崩し、顔と顔が近付いた。
「やめてくれと言っている。そんな気も無いくせに…!」
 ダークがダウドの顎を掴む。
「お前の目は、恐怖を映したままだ」
「怖いけど、怖いけど、おいらは………」
 ダウドはダークの手の上に、自分の手を重ねてきた。
 そのまま倒れこむように、再びベッドへ沈んだ。
「こんな場所だ。俺には1つしか思い浮かばない」
「ダークが良いなら、おいらはその1つで良いよ」
 顎を掴んでいた手がするりと落ち、ダウドの手を握る。


「本当に、良いのか」
 躊躇いを見せるダークの頬に、撫でるようにダウドの手が触れ、覆面をはずされた。視界がぶれたかと思うと、口と口が重なる。ぎこちない口付け。2人とも震えていた。名残惜しそうに、唇を離す。
「ダークこそ、おいらが怖いんじゃない?」
 誘うように、試すように、ダウドの瞳がきょろりと動いた。
「ダウドは、本当の俺を知らない」
 さらけ出しただけ、拒絶されてしまうかもしれない。それが、本当に怖かった。
「じゃあ教えて」
「………………………」
 ダークは顔を曇らせて、ダウドの5本の指に、短い口付けを落とす。
 くすぐったそうに口元を綻ばせ、ダウドは頬を摺り寄せて、首元の柔らかい部分を吸うように口付けた。
「……………ん…」
 眉を顰めるダークの耳元で、濡れた音がする。甘く、優しい、音がする。
「……は…………」
 薄く開かれた唇から、吐息が漏れる。
 体が痺れる。気持ち良いのか悪いのかわからない。判断が出来ない。奥から何かが溢れてくる。熱く、狂おしい何かが。おかしくなりそうだった。
 ダウドの胸を押して引き剥がし、目を丸くする彼の体を思いきり抱き締める。きつくきつく抱き締める。肩口に顔を埋め、息を吸う。目尻に涙が浮かんだ。この気持ちは何なのだろう。胸がいっぱいになって、張り裂けそうだ。今、抱き締めている存在を欲しいと思った。今、抱き締めている存在に求められたいと思った。


「ダーク」
 耳元で、ダウドが名を呼ぶ。
「すまない」
 ダークは体を離した。
「痛かっただろう」
「大丈夫。嬉しかったよ」
 互いの手が、互いの衣服をやんわりと掴む。
「もっと……」
「1つになろう」
 ダウドの手が、ダークの衣服を取り払っていく。
 ダークもまた、ダウドの衣服を肌蹴させる。
 互いの肌が露わになっていくごとに、鼓動が高まる。期待なのか、歓喜なのか、もっともっと暴いてみたいと感じた。近い心が、もっと近くなって行く、もうすぐ、もうすぐ溶け込める。
「……………おい」
 ダークが呟く。その声には焦りが見えた。
「なに?」
 ダウドの手はダークの腰まで伸びていた。
「待て」
「どうして」
「いいから」
 頼みは聞き入れず、ダウドはベルトをはずしてダーク自身を暴く。
 それは既に反応を示しており、ダークの頬に赤みが差す。


「ダーク、おいらが欲しいの?」
 また、試すようにダウドはダークの瞳の奥を覗き込んでくる。隠す術は残されていない。こくりと一回頷いて、認める。
「だが、何も用意していない……」
 情けなくて、口籠った。
 ダウドの頬がほんのりと染まるが、ダークには気付かなかった。


「ダーク、ちょっと起きて」
 言われた通りにダークは身を起こす。ダウドも起き上がった。座り込む姿勢になると、ダウドはダークの足の付け根に手を添え、閉じさせないようにして、空いた手でダーク自身に触れる。
「気持ちよくさせてあげるね」
 包み込んで、ゆっくりと上下させた。
「…………っ…………」
 羞恥と快感の波が押し寄せて、ダークの体は一部を中心に、熱くなっていく。堪えきれずに背が丸まってしまう。
 ダウドの衣服は緩み、肌蹴て乱れ、隙間から素肌を覗かせている。ダークは彼の衣服を取り去る事が出来なかった。未知の部分が誘うようにチラついている事が、艶めかしさをより際立たせていた。
「気持ち良い?」
「……………………ああ」
「して欲しい事があったら言ってね」
 顔を上げずに言う。下に向いた視線も情欲をそそった。それは自身を見つめている。ダウドを見ているダークの瞳は熱を持っていた。他が見えない、盲目的なものであった。
 ダウドの手の中で、ダーク自身が形を変えていく。箇所を押さえて刺激させると、やがて濡れた音が聞こえてくる。卑猥な音に呼吸は荒くなり、そろそろ限界が近いのを告げていた。それでもダウドは表情を変えずに、愛撫を続ける。
「………あっ…………」
 低く掠れた声をダークが上げると、彼は欲望を吐き出した。ダウドの手も欲望で濡れる。




 呼吸を整えて、ダークは口を開く。
「今度は俺の番だな」
 そう言ってダウドの顔を見るが、どうも先ほどの恐怖の色が忘れられず、心が押し止める。
「ダーク、おいらに見られると嫌?」
「そういう訳ではないが」
 ここまで来ても、まだ戸惑いは拭いきれない。それだけ、拒絶されたくない相手であった。
「そうだ」
 ダウドはずり落ちようとしていたターバンを取り、目隠しをして、転がってみせる。
「これでどう?」
「お前、変な奴だな」
 目隠しをしてしまっているので見えないが、ダークの声は笑っているように聞こえた。


 ダークが足を割って体を間に入れてくる。ベッドの軋む音が聞こえて、頬に手が触れる。
「ダークの手って、優しい感じがする」
「気のせいだ」
「手を握って、ちょっと不安」
「お前の方からしておいて」
 そう言うが、ダークはダウドの手を握ってやった。
 緊張も解け、安心してきたのか、服を取り払うダークの手に、ぎこちなさは無い。足を持ち上げられ、下着ごとズボンも取られてしまった。ひょっとしたら、恥ずかしい格好を取らされているかもしれない。そう思ったダウドの顔が熱くなる。
 体の至る所を触られ、撫でられ、口付けを落とされた。どこにされるのか予想も出来ず、全てが不意打ちに感じる。それがまた快感となり、体は歓喜で震えた。けれど、どこか敏感な所ははずされていて、もどかしい。もどかしくて、もどかしくて、たまらず、ダウドは助けを求める。
「ダーク…」
「ダウド、して欲しい事があったら言ってくれ」
 こちらが求めるのを予想していたかのような言葉。
「俺を、必要としてくれ」
 それが、ダークがダウドにして欲しい事。ダウドに、求めて欲しいのだ。
 ダウドの手が上がり、ダークを求めた。包むようにつかまえ、ダークの頬に触れる。自然と、2人の口元が同時に綻んだ。熱と、心が溶け込んで、涙が溢れた。










さあよいこのみんな。せーの、でジャミルを呼びますよー?
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