つつみこむ
草原に立つ、大きな木の下でジャミル一行は休憩を取る事にした。
荷物を置いて、ジャミルは幹を登り、枝を跨いで遠くの景色を眺める。ダウドはその場に寝転び、目を瞑る。ダークはどうしようかと辺りを見回していたが、のろのろとダウドの方に歩み寄り、隣に転がった。
後ろ頭を付けると草の感触がする。横を見ると、ダウドは寝息を立てて既に眠っていた。ダークはぼんやりとした瞳で、ダウドの寝顔を眺める。視線を僅かに下げると、手が見えた。
記憶の無いダークに、ダウドは色々と世話を焼いてくれた。話をしたり、食事をしたり、こうして隣で眠った事もある。しかし、親しくはなったがダークはまだ、ダウドの手しか触れたことが無い。
ダウドの手は暖かい。人の手は人の温度がする。
瞳はまた、ダウドの顔を見つめていた。
ぼんやりと思う。
触れてみたいと。
手だけではない、もっと他の場所に触れてみたいと。
自然と手が伸びて、指先がダウドの頬に触る。触ったらすぐに離した。
これだけでは感触はわからない。
今度は指先を触れさせてみた。柔らかい感じがする。
ぬくもりは、懐かしいような気がした。
ジャミルやダウドといると、そう思うのだ。
ダウドの屈託の無い笑顔を見ると、触れてもいないのに胸の中が暖かくなるのを感じた。
ダウドは優しい。ダウドは暖かい。ジャミルの言う通り、確かに気は弱いかもしれないが。
ダウドに触れる時、何かが思い出せそうな気がした。知らない、何かが甦る気がした。
もう少し、入り込みたいと思った。もっと、入り込みたいと。
明確なイメージがある。そう、ジャミルのように。
ダウドは優しい、暖かい、柔らかい。
彼のネックが目に入る。
肌と服のコントラストが浮かんだ。
その先は、その奥は、どうなるんだ?
ふと、そんな事が頭を過ぎる。
なあ、どうなるんだ?
答えは見つからぬまま、ダークはぼんやりとダウドを見つめるしかなかった。
その夜。宿に泊まり、ダークは夢の中でダウドに会った。
ダウドはいつもの屈託の無い笑顔で、ダークの手を握ってくれる。
「ねえダーク」
笑顔のままで言う。
「それだけで良いの?」
問いかけて来た。
手を離し、上着を両手で掴んでみせる。今にも捲し上げるように。
「この先は、すっごいんだよ」
この先。
心を見透かされたようで、ダークは目を丸くする。次の瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
暖かい、ではない。熱いのだ。こんなのは今まで無かった。焦りと戸惑いで、ダウドを止めようと手を伸ばす。
「ダークがやってみる?」
ダウドの手はダークの手を捕らえていた。
いや、いい。
声を出したはずなのに出ない。
「あのね、優しくて、暖かくて、柔らかいだけじゃないんだ」
言葉を発する唇の一つ一つの形が、目に焼き付く。
気持ち良いんだよ。
声は出さずに、唇だけが動く。
引き寄せられて、ダークの手がダウドの胸に触れる。
「大丈夫だよ。同じ体なんだし、ダークが気持ち良いって思う事、おいらにしてみせて」
ダウドの顔が息のかかる程までに近付く。心臓がドクドクと忙しなく脈打つ。何かが違う。体がおかしかった。
誘われるままに、ダークの手はダウドの服を潜って、素肌に触れる。
「あ…」
濡れた吐息が、耳の中で染みていく。
こうして人の肌に触れて、快楽を求めた事があったような気がする。けれど、何かが欠けていて、頭の中は酷く冷え切っていた。だが今、血潮が騒いで、何もかもが熱い。あの時とは違う。
暴いて、入り込んで、溶け込んでみたい。丸ごと奪い取ってやりたい。
熱に紛れた欲望が噴き出す。
ああ、しかし、それは。
心のどこかで、引き止められるものがある。
ダウドに触れている手は、震えていた。
朝を告げる鳥のさえずり。眠りから覚め、瞼を開けると自分の手が瞳に映る。
開いて、握ってを繰り返す。何の変哲も無い手。
「おはよう」
頭の上から声がする。見上げるとダウドが立っていた。
昨夜の夢であらぬ姿をさせてしまった罪悪感か、視線を合わせ辛い。
「ジャミルがなかなか強敵でね、一緒に起こすの手伝って」
「わかった」
身を起こして、乱れた髪を直していると、ダウドの手が伸び来た。
「ぐしゃぐしゃだ」
クスクスと笑って、整えてやろうとするが、ダークは手をやんわりと払う。ダウドの方は寝起きで機嫌が悪いのだろうと、大して気にはしなかった。
頭を上げて、ダウドの顔を見ると、無意識に引き寄せられるように手が彼の頬に触れていた。
「どうしたの?」
ダウドはパチパチと瞬きをする。
「何でもない。すまなかった」
そっと手を離し、また握って、開いてを繰り返す。
夢で見た通り、気持ちが良かった。
清々しいくらいにきもい。
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