・・・・・・だれ?



 青い空、青い海、潮風が気持ちの良いクジャラートの首都・北エスタミル。人気の無い町外れで、遠くの地平線を見つめ、ダークは1人佇んでいた。その後ろを、邪魔をしないようにそっと、ダウドは近付く。
「海、見てたの?」
 ダークは無言で頷いた。
「エスタミルの海は綺麗だから、おいら大好きなんだ。エスタミルしか知らなかった頃から。旅に出て色々な所も行ったけれど、エスタミルから見える海が一番だよ」
「確かに、綺麗だな」
「でしょう?」
 ダウドはダークの隣に並んで、同じように地平線を眺める。


「この先に、ダークの国があるかもよ」
「どうだろう」
 風が吹いて、マントをパタパタとなびかせた。


「俺は、誰なんだ…………」
 聞こえるか聞こえないかの小さな呟きを、ダークは漏らす。
「誰なんだろうね」
「…………………………」
「ダークに会ってから、おいらも記憶を失ったらどうなるんだろうって、考えたりするんだよ」
 ダウドが横目でダークを見ると、視線に気付いてダークは振り向く。


「もし記憶を無くしたら、嫌な事とか苦しかった事、全てチャラに出来るのかなぁ、なんてね。気も強く持って、新しい自分になれるかもって」
「そう都合良くいくものでは無いぞ」
「もしもだってば」
 笑って言うダウドの表情に、何か苦いものを感じた。
 特に興味は無いので詳しくは聞いていないが、ダウドはジャミルと組んで、南エスタミルで盗賊をやっていたらしい。褒められた職業では無いが、そうして生きていくしかなかったのだろうというのはわかる。ダウドはダークに親切に接してくれ、こうして1人でいると声もかけてくれた。いつも笑顔を見せてくれていたので、想像はあまりできないが、彼の人生は幸せな事ばかりではなかったのだろう。忘れてしまいたい過去の1つや2つ、抱えているかもしれない。


「しかし、ダウド」
「ん?」
「記憶を失ったら、楽しかった事も忘れてしまうだろう」
「そっか。それは嫌だ」
 ダウドは項垂れる。
「ダークはさみしくない?」
「忘れているから、わからんな。俺はひょっとして不幸なのか?」
 髪留めをいじりながら、ダークは自分の境遇を思い返す。
「…………………………」
 指が止まる。何か思いついたようだ。
「お前達と旅をする内に、少しずつではあるが記憶は戻ってきている。不幸中の幸いだろう」
 引き寄せられるように、ダークとダウドは顔を合わせた。


「…………これからも、頼む」
「うん」
 ダウドは微笑んだ。










ダークを初めて仲間に入れたのは北エスタミルでした。
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