「んん…………」
 ダウドは低く呻いて、布団から顔を出した。
 彼が起きて、始めにする事。
 それは、隣のベッドで眠る相棒ジャミルを起こす事であった。



日常



 ダウドはジャミルのベッドの横に立ち、体を揺らす。
「ジャミル、起きて」
「……………………」
 起きない場合は、布団を引っ張って剥がす。
「ジャミル」
「……………………」
 それでも起きない場合。最終手段に出る。耳元で大声を出すのだ。
「ジャミル!!」
「わっ!」
 ジャミルは目を丸くして、飛び起きる。
 彼が目覚めて、始めにする事。
 それは、朝の挨拶。
「おはよう」
 次に言う事。
「朝ご飯、食べよう」
 ジャミルの返事が寝起きで返って来ないのも、いつもの事であった。


 何ら変わりない日常。
 しかし、一つだけ異なる事があった。
 それは、この場所がエスタミルでは無い事。
 窓を開ければ、そこには山が見える。彼らは今、ゴールドマインにいた。
 後ろを振り返れば、ジャミル以外の仲間もいる。
 ダウドはジャミルと共に、エスタミルを旅立ち、バファルに辿り着いた。
 思えば、遠くへ来たものだ。


 朝食を摘まみながら、仲間と今日の予定を話し合う。
 仕事の時は、ダウドがうっかりミスをして、ジャミルがフォローする。そうして成功した時には“どんなもんだ”と笑って見せるのだ。落ち込む時は、肩を叩かれて“心配するな”と励まされる。
 何ら変わりない日常。
 しかし、一つだけ異なる事があった。
 それは、仕事が盗みでは無い事。


 ジャミルの瞳は、いつもここではない、遠くを見つめていて。
 ダウドは、追い付けそうにない自分に、疑問を感じている。
 それも、変わらなかった。


 2人きりになった時、ダウドはそっとジャミルに話しかけた。
「全然変わらないね」
 ジャミルには、ダウドが何を言いたいのかわかったのか。
「そうだな」
 空を見上げて、呟くように答える。
 冒険をすれば、日常は変わっていくと思っていた。
 現実はあまり変わりが無く、南エスタミルにいた頃は生きていくのに精一杯だったが、それなりに幸せだった。他の世界もそれなりに不幸で、悲しくて、ささやかな幸せがあった。他人の芝生が青く見えるとは、良く言ったものだ。
「きっと、少しずつ変わってはいるんだろうよ。同じようにいるのは、結構な労力が必要だと思うぜ。俺も、お前も」
「おいらも?」
「ああ」
 思わず自分を指差すダウドに、ジャミルは頷いてみせる。


「おいら、このままジャミルと一緒にいて良いのかなって、迷ってる」
「良いに決まっている」
 即答するジャミル。
「ジャミルといると、何でも出来そうなんだ。それが怖いんだろうね。輝いていられるから、幸せだから」
 ダウドは鼻を啜った。鼻の奥がツンとする。
「幸せは長く続かないから、いつか終わってしまう日に怯えるよりは、自分から切り離す方が良いって」
「長続きしないなんて、誰が決めたよ」
 ジャミルの言葉に、いらつきが表れ始めた。
「皆言ってるよ。昔から言うじゃない」
「じゃあお前は“皆”に入ってない。俺もだ」
「ずっと一緒にいられる訳がない」
「誰が決めた。起こっても無い事、いちいち考えるな」
 感情が高ぶって、ダウドの声が震える。
「考えるに決まっているよ!離れたくないから!離れずにいられる方法を探すから!」
「じゃあ一生考えてろ!探している間は、俺と一緒にいるって事だろう」
「あ」
 呆気に取られたダウドの肩を、ジャミルは包み込むように抱いた。


 ふと耳を澄ますと、遠くから仲間の呼ぶ声が聞こえる。
「呼んでる。ジャミル、行こう」
 仲間の元へ行こうとするダウドを、ジャミルが引き止めた。
「待て。ちょっと涙拭いていけ。俺が泣かしたみたいじゃないか」
 ジャミルに指摘され、瞬きをすると濡れた感じがする。気づかぬ内に、涙ぐんでしまったようだ。
「うん、ジャミルに泣かされたって皆に言っておくよ」
 企んだ笑みを見せて、ダウドは走り出す。
「おいコラ待てって!」
 追いかけてくるジャミルに、わざとらしく悲鳴をあげて逃げ惑った。
 腹の奥から可笑しさが込み上げてくる。怖くなるくらい、幸せであった。










あるちまにあのダウド紹介の“疑問”という部分より妄想。
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