支配
ベッドへ倒れこむ音。
仰向けに転がるダウドの体に、影が差す。
頭の両側に置かれる手。布摩れの音がくすぐったい。
瞳はただ、前を見続ける。
「ダーク」
唇が、一文字一文字を形作る。視線の先にはダークが映っていた。長い髪が、肩でさらりと流れる。
宿の一室に一つだけある窓から差し込む月明かりが、ダウドの横顔を淡く照らした。
「今夜はまた、強引だね」
喉で笑う。
「どんな君を見せてくれるの?」
唇の隙間から姿を見せた赤い舌が、ぺろりと下唇の上を行き来して隠れる。
「怖くないか?」
低い声でダークは囁いた。
「ううん、楽しみ」
ゆっくりと上がったダウドの手がダークの頬に触れて、引き寄せられる。
指先で覆面を上げられ、唇と唇が重なった。
僅かに開いた隙間から、息が漏れ、唾液の絡まる音が聞こえる。
鬱陶しくなった覆面をはずし、手で顎を固定させて、噛み付くようにダークはダウドの唇を味わった。
何度も角度を変え、浅く、深くを繰り返す。ダウドの手がダークの髪をすくように後頭部を押さえ、離すまいとする。熱っぽく潤んだ瞳が合うと、一時動きを止めるが、また夢中で口付けを交わした。
「…………………ん………」
「………う…………………」
線を描くように歯茎を舐め、割って舌を侵入させると、ダウドの体が強張る。緊張をほぐすように、ダークは肩を抱いた。舌同士を絡め、どのように誘うか企み合う。
「……………あ…………」
飲み込め無い唾液が、口の横を伝った。それに気を取ろうとした時、隙が生まれて一気にせめられる。
「………あ……………ああ…………」
なすがままに口内を犯され、ようやく開放されて唇を離されると、銀糸が引いた。
「まだまだ、始まったばかりだ」
ダークの瞳はダウドを捕らえたままであった。逸らす事が出来ない。火照った頬に、薄く開かれた唇は、暑い息を吐いていた。体を起こし、ダウドを見下ろす。
「ダウド、俺が怖いか」
ダークは、もう一度問いかける。
「怖くないって言ったよ」
「俺を信じてくれるか」
ダウドは頷く。
「俺に全てを任せてくれるか」
もう一度、ダウドは頷いた。
「手を出してくれ」
ダークの言葉に従い、ダウドは両手を上げて彼へ向けた。手の近くにあったダウドの腰布を持ち上げると、布摩れの刻みの良い音がして、それは解けてしまう。解かれた布で両手首を縛り上げ、ダウドの後ろ頭へ上げられて、余った部分はベッドの金具に結ばれた。不安そうに世話しなく動くダウドの瞳。
「痛いか?」
「痛くは無い」
「痛かったら言え」
「うん…………。ねえ、おいらはどうされちゃうの?」
「さあ」
細められた目は、笑っているようであった。
「俺も、少しはわかって来たんだ」
伸びて来たダークの手は、ダウドの耳の後ろへ触れ、親指を耳の中へ入れる。溝に沿って撫でられると、ダウドは小さく声を上げた。
「ここ触られるの、好きだろう」
「変な感じ」
「そうか?」
もう片方の耳も、同じように撫でる。次に頬を包むように撫でた。
「お前は、触られるのが好きなようだな」
手袋をはずし、白く艶めかしい指が唇の上をなぞった。背中から突き上がるように鼓動が高鳴る。
顔を近付けて、耳元で囁く。熱い息がかかった。
「もっと、俺に教えてくれ」
舌が耳の中へ挿入され、濡れた音がダイレクトに響く。
ダウドは身を捩じらすが、手首を拘束されているので逃れる事が出来ない。
「さて」
ダークの手の平が、胸の上に置かれる。
「どこから剥がしていこうか」
ぺたぺたと体の上を触られる。もどかしい気持ちが頭の中をくすぐった。
早く脱がして欲しいなどと思っているのか。ダウドは一人頬を染める。
「焦るな」
心を見透かすように、ダークは言う。
「楽しもうじゃないか」
「意地悪」
ムスッとしたダウドの顔に、ダークは思わず笑ってしまう。
「出会った頃は細い体だと思っていたが、随分引き締まったものだ」
ダークは舐めるように、ダウドの体をまじまじと眺める。
「そんなに見ないで」
見られているのを見るのが恥ずかしく、ダウドは顔を背けた。
金属音がして、横目で見ると、ダークは髪留めをはずし、上着を脱いでいる。露になった素肌は、浮かび上がるほど白く、ほどよい筋肉が付いていた。綺麗な体だとダウドは思うが、よくよく目を凝らすと、傷跡が大小合わせてたくさん付いている。
「どうした」
視線に気付いてダークがこちらを向く。
「これか?」
特に大きな傷跡を指でなぞってみせる。
「大きな失敗をした時の傷だ」
脱いだ後で三つ編みを解き、手ぐしで髪を馴染ませた。
「お前とこうしている事も、失敗なのだろうか」
「……………………………」
「どちらでも良いか。どうにもなるものでも無いのだからな」
ダークはダウドの上着の下から、手を滑り込ませ、ゆっくりと捲し上げる。胸が肌蹴、ダウドの肌も白く浮かんだ。黒い服とのコントラストが、艶めかしさを引き立たせる。
体の上に短く口付けを落とし、ときどき強く吸い付けた。胸の突起は指で押される。
「……………は…………っ……」
ダウドは切ない吐息を吐くばかりであった。触れられる場所が熱を持ち、痛みと心地よさの境界線が曖昧となり、溶け込んでいく。頭の中がぼんやりとして、快楽の波に流されそうになるが、理性で引きとめようとする。このまま流されてしまったらと思うだけで、淫らな自分を想像してしまい、羞恥が襲う。
「随分大人しいな」
「そう?」
余裕の無さを見透かされないように、無理に笑ってみせる。
「もう隠すのはよせ」
靴を抜き取られ、裸足の指に甘噛みをされ、たまらずダウドは声を上げた。
「あっ!」
「足も弄られるのが好きか。相当いやらしい」
良く見えるように舌をチラつかせて、足のラインをなぞる。
「駄目、駄目だってば」
普段ならくすぐったいだけで終わるのだが、甘い電流が走って、自分の中の何かを狂わせて行く。
「駄目、駄目」
足をばたつかせた。だが、ダークに抱えられて動きを封じられてしまう。
「癖の悪い足だ。これも縛ってしまうぞ」
「ち、ちょっと待って………」
「今回は許してやる。だが次は覚悟しておけ」
怖がる所であるが、不思議と鼓動が高鳴る。これは期待をしているのだろうか。
ダークに見知らぬ自分を、暴かれる事を期待しているのだろうか。
抱えられたまま下着ごとズボンをずり下ろされ、ダウドは羞恥で硬直した。ダークが潤滑油らしき物を持っているのが見え、さらに緊張が強張らせる。
「力を抜け」
「え………え………」
愛撫を受けていた時は、声を抑えるのに耐えていたが、事態はそれどころでは無い所まで来ていた。
潤滑油を絡ませたダークの手が、ダウドの股の間へ伸びていく。
そして、あまり考えたくない部分に、指が侵入する。
「い、痛い!」
「だから力を抜け」
心なしか、ダークの口調が早いように聞こえた。
言われたように、出来るだけ力を抜く。
「そう、そうだ、そのままでいろ」
ゆっくりと抜き差しを繰り返し、馴染ませていく。
痛みでしか無かったものは、次第に快楽へと姿を変えていった。
「……………は………………」
甘い吐息が吐かれる。恍惚としたダウドの表情に、ダークはせめ立てられるものを感じずにはいられなかった。ダウドの心地よさが、同調していくかのように。
「…………………あっ………」
ひくりと体が震える。ぞくぞくした。
「こんな所に指を入れられて、気持ち良いのか?」
「意地悪……」
ぼんやりとした声に、ダークもぞくりと身を震わす。
「そのまま………そのままだ………」
指を一本、また一本と増やして行く。
「こんな姿、誰にも見せた事無いよ……」
ぼんやりとした声のまま、ダウドは呟く。自然と溢れた涙が伝う。
「ダークといると、おいらの知らないおいらに会える気がする…。怖い気もするけど、楽しみ」
「そろそろ良いか?」
こくっ。ダウドは頷いた。
あまり動きすぎると手首を痛くしてしまう為、ベッドに縛り付けてあった布を取り、ダークの首の後ろへダウドの手を回させる。腰を沈めて、ダウドの中へ自身を押し込んでいく。
「ひっ………」
「大丈夫だ。大丈夫だ」
言い聞かせながら、より深い場所へ押し込んでいく。
「ま、まだ動かないでっ」
ダウドの方は既に限界に近付いてしまっていた。
「まぁ待て」
ダークはダウド自身を握る。
「一気に解放させた方が、より快楽を得られる」
企むような笑みを浮かべると、腰を揺らし始めた。
「…う……あっ………」
ダークの背中の後ろで、ダウドの足がやや遅れるように、ぐらぐらと揺れる。
「…は………っ…………ぁ…………」
苦しげに息を吐くダーク。額に浮かんだ汗が、鼻の横を伝う。
もっと、もっと、ダウドが欲しいと心が急かす。
ぶつけるように強く突くと、骨が当たる音がした。
合わさっている部分から聞こえる音は卑猥で、意識をかき乱す。その間を縫うように、肉同士が合わさる音は、歓喜が高まっていくにつれ、荒々しく大きくなっていく。
「あ………あああっ…!」
羞恥の殻を破り、悲鳴を上げた。
限界の限界まで追い詰められ、ダークは自身を引き抜き、ダウド自身を掴んでいた手を離す。2人ほぼ同時に欲望を放ち、ダークはダウドの胸に顔を埋めた。赤の混じった紫の髪が、美しい模様を形作る。
「す、凄かった………」
腹で息をしながら、ダウドは言う。
するっ。ごく自然に両手首を縛っていた布が解けた。あまりきつくは結んで無かったようだ。
「なぜ、解こうとしなかった」
埋めたまま、ダークは問う。
「だってダークが、任せろって言ったから」
いつでも解ける拘束を、解く気にさせなくする事。ダークは心も、拘束していた。
「もう、お前は俺から逃げられない」
「そうみたい」
くすっとダウドは口元を綻ばせる。
顔を上げ、ダークは舌先で彼の涙の跡と眼球を舐めた。味わうように上唇と下唇を通り、唇の隙間へ帰って行く。今夜の戯れは、これで終わりとでも言うかのように。
足舐め寸止め眼球・神罰
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