ミスティ



 深い深い森の中。ジャンはクローディアを追っていた。


 クローディアは慣れた足つきで、木々の間を潜り抜けていく。
「…………ふふっ……」
 ときどき振り返っては、くすりと微笑んだ。誘うように、試すように、ジャンを奥へと呼び寄せる。
「クローディアさん、待って下さい」
 ジャンは躓きそうになりながら、幹を跨いだ。足元に注意しなければ転んでしまいそうな、歩き辛い場所なのに、彼の瞳はただ、愛しい人だけを見つめていた。


「わっ」
 ジャンの上げた声に、クローディアは驚いて足を止めて振り返る。
「ジャン?」
 ジャンの姿が見つからない。クローディアは辺りを見回した。
「……ジャ………………」
 もう一度、彼の名を呼ぼうとした時、視界がひっくり返る。


 草の上に倒れ、擦れる音が耳の横で聞こえた。
 見上げると、そこにはジャンの顔。
 驚く間もなく、手を取られ、組み敷かれていた。




「捕まえました」
 ニッと、無邪気に微笑んでみせる。
「卑怯ね」
「いえ、戦術です」
 素早く言い返すジャンに、笑いが込み上げ、クローディアはくすくすと笑う。続くようにジャンも笑った。


 笑い合う中で、2人の顔は吸い寄せられるように近付いてく。
 息がかかる程までに寄せて、鼻と鼻がぶつかった。
「ふふっ」
 瞳と瞳が交差して、互いの顔が映る。可笑しな気持ちとは裏腹に、心臓は早鐘のように鳴る。
 頬を寄せ、擦り合わせ、唇と唇が僅かに掠ると、流れるように合わせた。


「……………っ………」
「……ふ………………」
 唇の僅かな隙間から漏れる息。
 クローディアの両手がジャンの後ろ頭に回り、頭を抑えられる。くしゃっと、髪が音を立てる。ジャンも逃がすまいと、彼女の顎を指で固定させた。
 触れるだけの口付けは、深く、噛み付くようになるまで変貌していく。言葉を交わす事無く、唇を貪る。


 一旦、唇を解放すると銀糸が引いた。
 クローディアの熱を帯びた瞳の下では、水気を帯びた唇が嬌笑を描く。木漏れ日に反射して、赤く、艶めかしく浮かんだ。
 ジャンの大きな手が、クローディアの乳房に触れる。指が衣服の中へ入り込み、暴かれる。白く柔らかい肌が外気に晒された。
「お美しい…」
 顔を近付けようとすると、クローディアの小さな手が、ジャンの首元に添えられる。白魚のような指はジャケットの中へ入り込み、下ろしていく。首に巻かれた鎖が、金属音を立てた。
「あなたも魅力的よ」
 うっとりとした声で囁く。
 血潮が沸いて、2人の頬は赤く染まっていた。目に映る人を欲していた。


「んっ…」
 乳房を包み込まれると、形が歪んだ。胸の突起を舌で絡められて、吐息のような声を漏らす。
「……くすぐったい…」
 小さく震え、ジャンの体にしがみついた。
「…変な感じがする………」
「気持ち良いですか?」
「…ええ」
 首元に唇を吸い付ける。
「ねえ、もっと触って」
 耳元で囁きかけると、ジャンはクローディアの衣服を下ろし、もっと肌を露にさせた。
「私も、触って良い?」
 ジャンの鎖に指を絡めてみせる。




 衣服を取り払い、生まれたままの姿になって、素肌に触れ合う。
 唇で触れて、手で触れて、体同士で擦りあって、互いの温もりを確かめ合い、愛撫する。
 愛しい気持ちが溢れ、歓喜に酔った。
 温度も息も、浮かんだ汗も溶け合っていく。


 クローディアの瞳に映るジャンは、たくましく、情けない所もあるが、可愛らしい人だった。
 ジャンの瞳に映るクローディアは、美しく、意地を張る所もあるが、可愛らしい人だった。
 全てで愛でたい存在であった。


 ジャンはクローディアを抱きしめ、胸元に顔を寄せた。乱れた髪が白い肌に散り、模様を描く。




「ジャン、甘えん坊ね」
 クローディアはジャンの髪を撫でながら言う。
「そうですか?」
「そうよ」
「クローディアさんも甘えん坊ですよ」
「そうかしら?」
「そうですよ」
 顔を見合わせると、噴出すように声を上げて笑った。
 笑いすぎて、顎が疲れてしまいそうであった。


 ジャンの手がクローディアの下肢に伸び、指の先が秘部に触れる。もう既にそこは、蜜を流し、愛しい人を求めていた。
「宜しいですか?」
 クローディアは小さく頷く。だが顔は強張っており、緊張しているようであった。
 ジャンはゆっくりと気遣うように、腰を沈めていく。焦ってはいけない。自分に言い聞かせていた。
「あっ」
 ぴくりと体が震え、クローディアはジャンを受け入れていく。
「…………は…………ぁ………」
 目元から、涙が零れ落ちた。
「動きますよ」
 クローディアに確認を取って、ジャンは腰を揺らし始めた。
「………くっ……………」
 ジャンの目尻にも、涙が浮かぶ。
「……ふ………………ぁ……、………っ…………」
 開かれた口からは、声にならない吐息が零れる。
 ついこの間までの生娘とは思えないほど、彼女は女性へと成長していた。


 この世のしがらみを抜け、ジャンとクローディアはただの男性と女性として、体を重ねた。切ない鳴き声は、自然の中へと溶けていく。それが摂理とでも言うかのように。


 ジャンとクローディアに限界が訪れ、ジャンは自身を引き抜くと、欲望を吐き出す。彼女も同時にはじけ、体を大きく震わせた。
 荒い息遣いをしたまま、体を向き合せた男女は、何も言わず互いを抱き締め合う。
 静寂が訪れた。










野生の王国
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