夜の夢



 夜。ダウドは荷物を抱えて宿の階段を上っていた。買出しの帰りである。
「よっ、と」
 部屋の前まで辿り着き、一旦床に荷物を置いてから、ドアのノブを掴む。中にいる連れのジャミルとダークは既に眠っているのかもしれないと、静かに戸を開ける。
 バタン。
 僅かに開いた隙間から、中の様子を見るなりダウドは戸を閉めてしまった。最悪な時に戻って来たのかもしれない。勇気を出して入るか、それともまた外へ出て時間を潰すか。考えている内に、ノブから手が離れると、ドアが自然と開いてしまう。



「よう」
 目が合うと、ジャミルが軽く手を上げる。安宿で椅子が無く、彼とダークはベッドに並んで腰をかけていた。その周りに転がるのは酒瓶。室内に充満する酒の臭い。晩酌の最中であった。ダークはチラリと視線を合わせるだけで、グラスに酒を注いで飲んでいる。覆面はしていなかった。注ぐついでに、ジャミルのグラスにも酒を注ぐ。
「お、すまないねえ」
「…………………………」
 ダークの記憶が戻ってからというもの、仲が険悪になるかと思えば、2人は飲み仲間になってより親しくなっていた。一方ダウドとの仲は、線を引いたように他人行儀になり、ギクシャクしている。
 口を曲げて、嫌悪感を露にするダウド。雰囲気からして、ジャミルとダークは既に出来上がっている。絡まれれば面倒な事になるのは当然予想できた。ダウドは酒が弱く、付き合わされるのも御免であり、自分のタイミングの悪さを呪う。荷物を中に入れ、眠いからと早く寝てしまおうと、頭の中で何度かシミュレーションをしてから実行に移す。



 まず荷物を中に入れようと、持ち上げた。
「手伝うよ」
 ジャミルが立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。
「え?あ?いや、その…!」
 のっけから作戦を崩され、ダウドの慌てぶりは尋常ではない。
「ほら、そっち持って」
「ああ、うん」
 端を持って、荷物を運んだ。手伝ってもらったのは純粋に嬉しいのだが、まず酒の臭いが鼻についてしまい、嫌な気分であった。荷物を置いて"もう寝る"と口早に告げるはずだったのに、それよりもジャミルの方が早かった。
「ダウド」
「なにっ?」
 声が裏返りそうになってしまう。
「一緒に飲もうぜ」
「今、飲みたい気分じゃ…」
「そう言わずに。な?」
「でも…」
「貰ったものは、皆で分けたいし。な?」
「?」
 ジャミルがダウドの後ろに回り、背中を押して連れて行く。ダークの隣に座らされ、ジャミルはその隣に腰をかける。ダウドは2人に挟まれ、逃げるに逃げられない。空になった酒瓶を一つ拾い、ラベルを見せられた。
「今日、町へ入る少し前に荷台運ぶのを手伝ったろ」
「ああ」
 ダウドは思い出す。確か、荷台を運ぶ商人が溝にはまって困っており、助けてあげたのだ。
「ダウドが行った後に、宿までお礼に来てな。酒を貰ったわけ」
「良い人がいるもんだね」
 相槌を打ってみせるが、ああなぜ酒。なぜ酒なのだと、商人に心の中で問わずにはいられない。もっと思い出せば、あの荷台には樽のようなものが乗っていたような気もする。
「それで飲んでいたのはわかるけど、その日の内に飲みきる事は無いんじゃない?」
 床に転がる瓶に、視線を落として言う。
「移動中に瓶が割れたら大変じゃないか」
 なぁ。ジャミルはダークに同意を求める。
「保存用は別に取っといてある」
 ぽつりと答えるダーク。



「…………えっと、その、なんだ。ダウドも好意を受け取れよ」
 グラスを押し付けられ、酒を注がれた。琥珀色に揺れるそれは、離していても香ってくる。度は強そうだ。乗り気ではなく、浮かない顔をするダウドに、ジャミルが上機嫌で背に手を回す。
「ほら飲めって、景気良く行こうぜ!」
「…………ん。うん」
 テンションについて行けず、ますます気が重くなり、縮こまってしまう。なかなか飲もうとしないダウドに、ジャミルはべったりと寄り添い、太股に手を置いた。
「なんなら、俺が飲ませてやろうか」
 脇に置いてあった自分のグラスを取り、口に含む。そしてそのまま顔を寄せて来る。この悪乗りが嫌なので、ダウドはジャミルとは飲みたくは無かった。ダークもいるのに。横目でダークの方を見ると、彼は見向きもせずに、ちびちびと飲んでいた。一瞬、驚いた素振りを見せたのだが、ダウドが見る前の僅かな間だけだった。
「もう。自分で飲むから良いよ」
 手でジャミルの顔がこれ以上近付くのを押さえ、ダウドはグラスの中身を一気に飲み干す。飲んでしまった後に、喉の奥で辛さが上がってくる。
「お、良いねぇ」
 ケラケラ笑いながら、ジャミルは空になったグラスに酒を注ぐ。流されるままに、ダウドはもう一杯飲んでしまう。酔いが回ってきて、眠気が襲ってくる。俯き、額に手を当てた。



「ダウドちゃん、もうオネムの時間ですかぁ?」
 ジャミルがからかってきて、ダウドはムッとする。酔っているせいで、何もかもがうざったらしい。
「そんな顔しなさんな」
 ダウドの頬に、吸い付けるような口付けをした。
「なにすんの」
 顔を離すが、手が腰に巻きついて来る。ジャミルの顔はほんのり赤く染まって、瞳は熱を持っていた。ダウドは、自分も同じような顔をしているかもしれないと思う。
「そうやって、すぐおいらをからかうんだから」
 引き剥がして、隣に座るダークに助けを求めた。首に手を回し、体を引き寄せる。その重心に、ベッドが軋んだ。ダウドも十分酔っていた。そうでなければ、今のダークにそんな事を出来はしない。
「助けてよ、ダーク」
「断る」
 涼しい顔で拒否された。
「ねえ、助けて」
 振り向かせて、もう一度助けを求める。上気した頬に、熱っぽい瞳は潤んでおり、どこか焦点が不安定で。唇は乾いていた。
「ねえ」
 僅かに開かれた口の中から、舌の濡れた音が聞こえる。ダークはぞくりとした情欲を掻き立てられ、目を細め、眉間に小さな皺が寄る。
「ねーえー」
 甘えた口調で、体をもっと密着させてきた。
「おいらの声、聞こえてる?」
 首を傾げて、くふっと笑ってみせる。
「聞こえている。だがお断りだ」
 緩んだ理性の紡ぎ合せて、短く言う。



「ちぇっ」
 回した手を解放し、ダウドはベッドに転がって丸まる。眠気が限界まで来ていた。
「ダウドー、寝ちゃうのかぁ?」
 ジャミルはダウドの顔の横に手を置き、覆いかぶさるように伺ってくる。
「うん。おいらもう寝るー」
 ターバンを鬱陶しそうにはずすと、体が伸びて腹が覗く。
「そんな格好で眠ると、襲っちゃうぞ」
 脇を掴んでくすぐった。
「あは…………はっ………や、やめてー……」
 身を捩じらせるがぎこちなく、吐かれた息は熱い。普段とは違う様子に、艶めかしさが漂う。
「暴れると、服が皺になって朝大変になっちまうよ」
 狙っているのか、それともからかっているだけなのか、ジャミルは誘導を始める。



「なんだか、暑いよ」
 笑い終わると、急にぼーっとさせて、おぼつかない手で服を捲し上げようと、服の隙間に手を滑り込ませた。
「ダウド、ダウド」
「ん?」
「色気がねえなぁ。もっとこうして、ほら」
 ジャミルは脱ぐ真似をしてみせる。
「こう?」
 ダウドは肩を竦めて、焦らすように上げていく。
 本当に脱ぎだしたと、腹を抱えて笑い出すジャミル。その横で、いつの間にかダークは食い入るようにダウドのストリップに魅入っていた。
「こう、かな」
 肩を広げ、突起が見えるほどまで上げていく。黒い上着に白い肌のコントラストが浮かび上がった。
「そうそう」
 ジャミルのマニキュアの塗られた指が、ダウドの胸の間に置かれて、へその下へと線を描くようになぞる。
「あっ」
 こそばゆく、上がった声は。舌が絡まり、濡れていた。腹筋が僅かに震える。
 指は腰布に引っ掛かると、手で布を掴んで腰骨のところまでズボンを下ろす。



「おいら、もしかしてピンチ?」
 呟くダウドの顔に、影が差す。見上げるとダークが覆いかぶさっていた。目を細め、顔を覗き込んでくる瞳はぼんやりとしている。記憶を失っていた頃のとは、また別のものであった。
「ダーク?」
「…………………………」
 口をもごつかせるだけで、何も答えない。無言のまま、本能の向くままに、ダウドの唇に自分の唇を押し付ける。驚いて手が上がるが、力なくシーツへ落下した。
「んん……」
 ねっとりとした口付けは、内に秘めた熱を持っていて、ダークは夢中で何度も角度を変えながらダウドの口内を犯す。
「どうにでもなれ…か…?」
 ダークの行動に驚くものの、ジャミルは難しい事を考えるのは面倒になり、ダウドの胸の突起に舌を這わせた。背中が上がるがそれだけで、円を描くようになぞって、押し付ける。横にあったダウドの手を握った。口付けを終えた後、銀糸を引いて、ダークはダウドの耳の中へ舌を挿入させる。鋭くも甘い刺激に、ダウドの目尻に涙が浮かぶ。びくびくと体が震えるが、握られた手が逃がしてはくれない。



 途中まで下がっていたズボンを、ジャミルが下着ごと下ろしてしまう。取り出された自身は、既に反応を示していた。手招きをして、ダークを呼び寄せる。ダークは上半身の方向を動かし、ダウドのもう一方の手を握った。顔を合わせる事無く、ダウドの自身に視線を落として、寄せられる唇。2人の息がかかった。次に襲ってきたのは、温かい口内の熱。
「うっ…」
 ぎゅっと瞑られる目に、涙が溢れて頬を伝う。足をバタつかせるが、足首でズボンが絡まった。
 ジャミルとダークはダウド自身に舌先を動かして、刺激していく。わざと水音を立たせ、羞恥心をあおがせる。言葉を交わす事無く、むさぼるように愛撫し続けた。反応を伺うように、上目遣いで見据えてくる4つの瞳。
「んっ………っ……う…」
 ダウドは首に巻きついたままの上着を噛んで、声を押し殺そうとする。快楽の波が頭の中を全て流してしまう。涙がボロボロと溢れて、顔はぐしゃぐしゃだ。自身から滲み出る物も舐め取られ、容赦なく箇所を押さえられる。とうとう堪えきれず、口を離してしまう。
「……あっ!……ああ……っ………あ…っ、あっ、あ」
 達して欲望を吐き出すと、2人の顔に付着した。ジャミルとダークは見合わせて、互いに汚れた部分を舐め合う。
「まずっ」
 思わず零したジャミルの呟きに、ダークが喉で笑う。



「もう、許してよー」
 許しを請うダウドに、ジャミルは首を横に振った。おもむろに、立ち上がり、荷物の中から潤滑油の入った入れ物を取り出すと、ダークに投げつける。受け取ったものの、果たして使って良いのかと迷っている内に、ジャミルが戻ってきて、つい返してしまう。
「鬱陶しくなって来たな」
 潤滑油を横において、ジャミルは服を脱ぎだす。追う様にダークも脱ぎだした。
 上半身を取り払うと、ダウドの足を上げさせて潤滑油を絡ませた指を、最奥に挿入させてくる。ゆっくり入れずに、一気に入り込ませる。荒々しく内壁を掻く様に出し入れを繰り返し、馴染ませていく。足掻こうとするダウドをダークが押さえて、口の中に指が侵入してきて弄られる。指を伝って唾液が水のように流れた。
「…は…………っ……」
 指が絡まり、舌足らずになって、息をするのももどかしい。ダークはただじっと、ダウドの顔を見つめていた。その横で、耳から流れる遠い水音に顔は熱くなるばかりで。彼の瞳に映る自分は、さぞ淫らでいやらしいのだろう。ダウドは見つめ返す事しか出来なかった。
 十分馴染まされた後、ジャミルが上がってきて、後ろから抱きすくめられる。後ろを振り返ろうとすると、企むようなジャミルの瞳が見えた。耳の後ろを舐められると甘い痺れが全身を伝う。3人ベッドに横たわり、ジャミルはダウドに腰を引き寄せて、自身を挿入させた。指とは容量の違うそれに、ダウドは声にならない声を上げる。その視線の真ん前にはダークがいて、その様の全てを見られる。
「………は……あ……っ、あっ……」
 隠す術は無く、ダウドは乱れて喘いだ。
「ダウド」
 ダークはダウドの名を呼び、自身をダウドのそれを一緒に手で包み込んで擦り合せる。気持ちが良さそうに、目はとろんと虚ろになった。ダウドも流されてしまいそうになるが、後ろからジャミルが首を甘噛みしてきて、意識を捕らえて離そうとしない。汗も涙も欲情も、全てが溶け合うように、頭の中が真っ白になって何かがはじけた。






 朝を告げる鳥のさえずりに、ダウドは目を覚ます。頭にガンガンと響くような痛み。完全な2日酔いであった。背中に圧し掛かる何かに、振り返ると、ジャミルがしがみついたまま眠っている。ダウドの視線に気が付いたのか、ゆっくりと瞼を開く。彼も2日酔いのようで、顔色が思わしくない。
「よう」
「よう、じゃないよ」
 あっけらかんとした態度に、ダウドは呆れてしまう。
 前を向くと、白い背中が見える。ダークはそっぽを向いて眠っていた。張り付いて、シーツへ流れる長い髪が、窓から差し込む日の光に反射して、キラキラと輝く。起きる気配は無く、呼吸をする度に揺れるだけで。
 たぬき寝入りは、バレる事は無かった。










めちゃくちゃな話でした
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