閉じられたカーテンの隙間から、朝日が差し込む。
 薄暗い部屋の中には、寝息と波の音。一定の周期を持ち、自然の静けさを持っていた。
 樹は眼を明け、夢から覚める。


 瞳は天井を映し、ここが家ではなく別の場所だという現実を教えてくれた。
 普段とは違う朝が訪れたのだ。
 そう頭が意識すると、何かが顔の上に落ちてきた。


 べちっ。
 重く、少し痛い。
 はずして持ち上げると、それは人の腕。
 手首を掴んだまま隣を見れば、菊丸が眠っていた。
 すやすやと心地良さそうに寝息を立てている。あどけない寝顔は起きる気配を全く見せない。
 樹は腕を戻してやり、剥いでいた布団をかけ直し、菊丸の方へ身体を向けた。




 何をどうしてこうなったのかは、菊丸の案だった。
 昨日、彼の部屋に行けば一緒に寝ようと言い出した。
 別の意味の方ではないかと思ったが、本当に眠るだけだった。
 特に何も無かった。本当にただ、眠るだけだった。
 だが、当の本人は背を向けて眠りだした。
 お前は一体、何がしたい。
 言い出したい気持ちを抑えて、樹も眠った。
 眠気が襲えば、温もりが嬉しくてどうでも良くなった。もちろん暑さは抜きにして。


 寝相で自分の方へ向いた菊丸の顔を、樹はじっと眺める。
 一番近い場所で、彼を見つめる。こうしている時間が、とても幸せに感じた。
 そうだ。樹は思い付く。
 眠っている菊丸に気付かれないように手を伸ばす。狙う先は頬にある絆創膏。
 外して、悪戯をしてやろうと企んでいた。
 指が絆創膏の角に触れる既の所で、菊丸は目覚める。
 絆創膏に神経でも通っているかのような野性の勘であった。


「ん…………」
 喉を鳴らし、菊丸は瞼を重たそうに開く。
 すぐ目の前にあったのが樹の顔だと知ると、丸くさせて、頬を赤く染めた。
「おはよう」
 彼にだけ聞こえる声で挨拶をする樹。
「なに見てんだよ」
 照れを誤魔化すように、口を尖らせる。
「随分と気持ち良さそうに眠っていたのね」
 前髪を優しく撫でて、避けさせた。
「そうでもない」
 手から逃げるように身を起こし、伸びをする。
 樹も身を起こすと、彼の言葉の意味を理解した。
 一つのベッドで二人の男が眠れば、狭くて身体も凝る。痛い程ではないが、節に違和感を覚える。


「お前、凄い寝癖ですね」
 菊丸の髪を見て樹が言う。彼の髪はセットとはまた違う跳ね方をしていた。
「お前だって……」
 言い返そうとした言葉の最後は掠れて消える。樹の方はそうでも無かった。元から癖のある髪は、乱れてもそれをあまり感じさせない。
 菊丸はまだ眠そうに欠伸をして、眼を擦っていた。その無防備な横顔に、樹は顔を寄せる。
「菊丸。挨拶がまだなのね」
「そうだっけ。おはよう」
 振り向き、そっと唇を合わせた。


 今日が、始まる。







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