王者には、守り抜くプライドがある。


10.愛と屍



 四天宝寺には毎年一月“お正月だよ!まるごと水着くいだおれ選手権”という正月ボケの胃袋にどどどん!と突っ込みを入れる餅の早食いが行われる。ちなみに水着に意味は無い。
 前年度の食い倒れ王である忍足謙也――――彼には今年、防衛という戦いが待ち構えていた。
 元から四天宝寺は強敵が揃っているが、忍足にはライバルと既に見定めている人物がいる。その名は遠山金太郎――――今年入ってきたテニス部のルーキーにして早食いを特技とする一年である。
 常日頃の学校生活からして、忍足は遠山の秘める早食いの才能に将来対決するであろう予感をしていた。
 絶対に負けられない。
 夏が過ぎて涼しい風が吹き込む時期に、忍足は本格的な早食いの特訓に入った。


「謙也、良くやるわ」
「ほんま」
 机に肘を突く白石、空いた机に腰掛ける財前は呟く。
 今は昼食時間。彼らは忍足の餅に引き詰められた弁当箱に奮闘する彼を眺めていた。白石は同じクラスだが、ここにいる財前はただの冷やかしと珍しモン見たさである。
「餅、硬くないんスか?」
「ああ。オサムちゃんの所で温めてもらったそうや」
「へえ……」
 素朴な財前の疑問を白石が答える。
「あのジョッキもですか?」
「そう」
 忍足の机には、水分補給用にジョッキもあった。中身は好物である青汁だ。
 そうでない者にとって、視覚の悪影響を与えている。
「見てるだけで気分悪くなるわ、あの緑」
「見んのが一番や」
 わざとらしくハンカチを口元に添える財前。


「白石っ」
 忍足が机を叩いた。
「よしっ」
 白石が素早くストップウォッチを止める。
 影になっており、ストップウォッチの存在に気付かなかった財前は目を丸くさせた。
「タイムは?」
 忍足の問いに白石は無言で時計を向ける。
「今日はイマイチやなぁ」
 前回よりも遅かったようだ。
 午後の授業に気合が入らんと、彼は息を吐く。
「謙也。去年は特訓せぇへんかったのに、どういう風の吹き回しや」
「王者を守り通すのが、有終の美とちゃう?死ぬ気で俺はやるで!」
 有終の美――――白石の好きな言葉である。
「有終の美……んんーっ、良い響きや…………。お前の心意気はわかったさかい、いつでもタイム測ったるわ」
 手で頬を包むようにして、白石は絶頂の余韻に浸った。
 意外にも白石の扱いは簡単だと、財前は学ぶ。


 そんな中、元気良く遠山が遊びに来た。
 ライバル登場に忍足の気持ちは密かに締まる。
「なんやまだ飯食っとったんか」
 忍足の弁当を見て遠山はカラカラ笑った。
 たまたま片付けていないだけだが、いちいち言う必要も無い。
 笑う中で呼吸音が耳につき、白石が感付く。
「金ちゃん…………ここまで走って来た?」
「おっ、よおわかったな」
「…………………………………」
 先ほどまで朗らかだった白石の表情が険しくなり、指で“俺の前に来い”と合図を送る。遠山が移動すると説教が始まった。
「ええか金太郎。飯食った直後の運動は身体に悪いって何度言ったらわかるんや。横っ腹、痛なるで。痛くなったらな……。それに早食いっちゅーのはな……」
 くどくどくどくどくどくど……。
 包帯を巻いた腕を弄りながら言うので、遠山は大人しく聞いている。
 一方、忍足はというと、遠山が昼食を食べてここまで来た時間を携帯電話で計算をしだす。


 居辛い。
 財前は足を組み直した。







Back