2.会いたいのに会えない
窓際の端っこの席で、授業を教える教師の声を左から右へ通し、窓から注ぎ込む太陽の光を浴びながら、ぼんやりと外の景色を眺めた。心は上の空で、ぼんやりと思い浮かべるのは彼の顔。
会いたいな。
そう思う時、とても困る。
終了のチャイムの音に、我に返った。
「英二、うるさい」
休み時間に入るなり、隣の席の不二が笑顔のままで眉間にしわを寄せて言ってくる。
「俺、何も言ってないって」
言いがかりとばかりに、菊丸は反論した。
「溜め息、うるさい」
「…してた?」
「ずっとしてた」
こくりと、不二は頷く。
「ごめん」
菊丸は素直に謝った。ひょっとしたら周りのクラスメイトも迷惑に感じていたのかもしれない。
「気が付かなかった」
ばつが悪そうに前髪を指でいじる。
「無意識であんなにしてたの?」
開眼して、不二は目をパチクリさせた。
「重症だね」
「何が」
とぼけてみせるが、顔は正直で頬に赤みがさす。
「放課後にでも会って来たら?」
「誰に」
「言っていいの?」
「あー…っと」
菊丸は手をぱたぱた振り、机の上の教材を片付ける振りをして不二の視線から逃れようとする。
「ほら、別に特に用事も無いし」
不二は何も言っていないのに、勝手に言い訳をし始めた。
「昨日も会ったし」
昨日も会ってそれなんだ。このまま無言でどこまで吐くか、不二は試したくなった。
「会いたいっていうんじゃなくて、ちょっと顔見たいってだけで会話とかしたい訳じゃなくて、まぁだから会いたい訳じゃない」
それを会いたいって言うんだよ。突っ込み所満載であった。
「メールでも良いんだけど、俺から送ったら俺ばっかり好きみたいでカッコ悪いだろ?それにまぁ、文字だと寂しいし…メールでも良いんだけど、さ」
教材を片付け終わった菊丸の指は、机の上の木目をなぞったりと、落ち着きが無い。その姿を見ていると妙にいらついてしまう。
「電話でもすれば?」
「電話は駄目。声だけって俺耐えられない」
「……………」
不二は有無を言わさず菊丸をどつきたくなった。こいつこんなにイライラする奴だったっけ。恋の恐ろしさを知った瞬間でもある。
「じゃあ英二、どうするの」
「あいつから言ってくれば良いんだよ」
「でも樹くんは佐伯がいるから寂しくないんじゃないの」
意地悪な事を言ってみる。正直な奴だから、どういう反応をするのか見てみたくなった。
「……………」
ムッとした顔になって、コツコツと爪先で机の脚を蹴る。いじけているような、途端に自信が無くなったような、不安要素を出されてしまったのでは仕方ない。
「だけど、こないだ会った時、あいつすげー喜んでいたし、俺の事好きだって言ってくれるから、信じるしか無いだろ」
菊丸は蹴るのをやめ、不二の方を向いた。その表情は真剣そのもので、はいはいわかりましたとばかりに、彼をなだめる。
「あ」
声を上げて、菊丸は制服のポケットから携帯を取り出して開く。メールのようで、大きな瞳が文章を追うのが良くわかる。
「樹からだ。今日、会う事にした」
「ふーん、そう」
不思議と菊丸の雰囲気が柔らかくなり、不二はわざとらしく適当に相槌を打つ。
「そうだ、樹がさ」
会う約束を決めた途端、菊丸の方から樹の話題を振ってきた。休み時間が終わるまで、不二は惚気話を聞かされる事になる。数分の事なのに、何をどうしたらここまで人を疲れさせる話が出来るのか、何とも不思議だ。
自分から菊丸に樹の話を振るのはやめよう。不二が学んだ教訓であった。
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