4.寂しくなったら電話して?



 2人の間に大陸がある訳じゃない。
 2人の間に海がある訳じゃない。
 2人の間にあるのはただのビルの群れだけだ。
 2人の間を阻むものは学生には手痛い交通費と、足りない時間だ。


 会おうと思えば会えるかもしれない。
 けれど、そうしょっちゅう出来る事じゃない。


 遠そうで近い。
 近そうで遠い。


 会おうとする時には意気が必要だった。
 だから、会った時には連絡手段の事も良く話題に出した。




「寂しくなったら電話してくださいね」
 にこにこと笑って、樹は言う。
「なんで俺が寂しくなるんだよ」
 ぶっきらぼうに菊丸は言う。
「じゃあ、俺から電話するのね」
「そうして」
 そっけない返事だった。
 やっと最近になって、それが彼らしさだと割り切れてきたので、そんな姿も愛おしく思えて来る。




 菊丸と会わない日はいつもの日常が流れていた。
 部活でも燃焼しきれなかった体力を、海遊びで使う事は茶飯事で、夕日に染まった海へメンバー揃って入って行く。
 盛り上がっている最中に、砂浜へ上がっていた首藤が樹を呼ぶ。
「樹ちゃん、電話鳴ってる」
「はい?」
 樹は顔を上げた。他の皆も一時停止したように、声のした方向、首藤に注目したまま固まってしまう。
「今、行くのね」
 砂浜へ上がり、ぱたぱたと荷物のある場所へ、小走りで駆けて行く。タオルで濡れた手を拭い、携帯を取る。
「はい、何の御用ですか?」
 電話の相手は菊丸だった。
「はい?」
 何を言っているのか、ぼそぼそした声で聞き取り辛い。自然と空いた手が腰に付く。
「あの、ちゃんと言ってくれませんか?」
 少し強めに問うと“今、時間ある?”と返ってきた。後の方で黒羽達が“樹ちゃん怒ってない?”と噂している。
「有りますけど……だから何の用なのね?」
 スピーカーの部分にかかる髪を避けて、樹は携帯を持ち直す。
「は?俺が全然電話して来ないから…何ですか?俺が悪いんですか?」
 雲行きが怪しくなってくる。菊丸は素直に寂しいとは言えず、樹が悪いのだと言い出す失態を犯してしまう。
 六角メンバーからしてみれば、温和な樹を会話の1つ2つで怒らせる菊丸の芸当には、ある意味関心させられるものがあった。


「どうしてそう………。もう、どうしてそう捻くれているんですかお前は」
 愛してるとは言ってくれなくても良い。
 寂しいの一言ぐらいも言えないのか。


 会っている時は許せたのに、電話越しだと許せない。
 苛立ちが募っていく。


 急速に加速して、近付いてくる2人の気持ち。
 心も体も確かなはずなのに、積み重ねが足りず、空白だらけの関係。
 少しの確執が全てを壊しかねない、もろい関係。


 どうしてこんな奴、好きになったんだろう。
 良い所はそれなりにあるが、悪い所に掻き消えてしまう。
 我侭で、自分勝手で、空気が読めなくて、欲しい言葉も返して来ない。
 最悪な恋人。


「掛けなくて悪かったですね。俺はお前の気分なんてわかりませんから。さよなら」
 グッと指を押して電話を切った。そして何事も無かったかのように鞄にしまい、仲間にいつもの笑顔を見せる。
 樹を心配して、海から上がった佐伯に声を掛けられた。
「樹ちゃん」
 柔らかな表情が、どことなく強張っている。
「別れちゃえば?」
 樹の肩が、僅かに揺れた。
「そうですね」
「え?」
 佐伯の方が逆に樹の発言に驚かされてしまう。
「でもそれは、寂しいですよ」
「そっか」
 口を固く結んで、端を上げた。
 それでは寂しいと、彼も思う。
 自分自身に言い聞かせているようであった。




 翌日、六角中の校門前に菊丸の姿が見えた。
 樹は玄関から、彼の背中を覗き見る。


 我侭で、自分勝手で、空気が読めなくて、欲しい言葉も返して来ない。
 最悪な恋人。
 でも、彼なりに想っていてくれるらしい。
 面と向かって謝られたら、きっと許してしまうだろう。
 俺は都合の良い恋人になってはいないだろうか。
 まあそれは、最悪な恋人には相応しいかもしれない。


 少しだけ悔しさが残るので、
 少し焦らしてから、姿を見せる事にした。







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