5.浮気の心配



 部活も終わり、生徒の大半が帰った部室で、机に向かって部誌を書いていた大石が溜め息を吐く。
「これ、どうしよう」
 長細い紙を取り出して、引っ張って見せた。
「ん?」
 菊丸は横から紙を掠め取る。
 それは映画のチケットであった。


「手塚と行こうと思って、前もって取っておいたんだけど…」
 机に突っ伏す。手塚は九州へ行ってしまい、ここにはいない。
「なぁ」
 すぐに大石は復活して起き上がり、菊丸は思わずチケットを落としそうになる。
「英二、一緒に行かないか?」
「えー?」
 チケットをまじまじと眺めた。気恥ずかしい程のラブストーリーである。バカの付くほどのカップル、手塚と大石にはお似合いかもしれないが、菊丸の趣味ではない。
「もったいないし、行かないか?」
「うーん…」
 菊丸はしばし考え込んだ後、わかったと付け足した。
 手塚がおらず、大石は気丈に振舞うも寂しそうで。1人頑張りすぎで心配になる時がある。こういう時何をしてやれば良いのか、思い浮かべても、実行に移すほど器用ではなかった。映画に付き合うくらいならと、了承したのだ。
「ホントか!良かったぁ」
「んー…ああ」
 ぎこちない笑みを返す。やはりラブストーリーはこそばゆい。


「ちょっと待って」
 脇の方で着替えていた不二が、ボタンを留めながら歩み寄ってくる。
「英二、そういうのやめた方が良いよ」
 笑ったままの目が、僅かにつり上がった。
「なんだよいきなり」
「不二、どうした」
 菊丸と大石は口々に言う。
「浮気じゃない?それは」
「う、うわ…?」
「うーん…やっぱりそうかな…」
 菊丸は聞き慣れない言葉に動揺し、大石は腕を組んで目を瞑った。


「別に、大石とは遊びに行く事も多いし、男同士じゃないか。誰とも遊ぶなっての?それに…」
「違うよ。それはモロにラブストーリーじゃないか。冗談で行くならまだしも、誤解されそうな相手とだったら、どう思うの?」
 チケットを指差して、不二は言う。
「どう思うって、アイツがそんな事考えるかぁ?」
「手塚は繊細なんだよ!」
 大石は手塚の事を言われたのかと勘違いする。菊丸と不二が話しているのは、彼らしか知らない菊丸の相手の事であった。
「英二は逆の事をされたら、すっごく怒ると思うけど」
「そりゃあ、まぁ………って、何言わせるんだよ。でもあくまでそれは、俺の場合で…」
「同じだと思うけど。英二って、そういうトコ無神経だよね」
 無神経。言われた事があるだけに、菊丸の心臓に槍が刺さる。
「だからいつも喧嘩ばっかりなんだよ」
「おい、いつ俺らが喧嘩したって…!」
 菊丸は頬を上気させ、ムキになった。
「やっぱり喧嘩していたんだ」
 ほくそ笑む不二。
「この野郎っ、引っ掛けやがったな」
「英二、随分面白くなったよね」
「………………………」
 ぶすっとして、背を向ける菊丸。
 笑顔のままで、不二は大石に話しかける。


「大石」
「ん?」
「手塚とデートで行くような場所に、英二を連れてっちゃ駄目だよ。たとえ手塚が良いって言っても、英二はもう、一緒に行けないんだ」
「もう?」
 何かが引っ掛かり、瞬きをさせた。
「映画、僕で良ければ行こうか。それ観て見たいって思ってたんだ」
「不二と映画か。良いかもな。でもタカさんが…」
「タカさんと行く為に、観ておきたいんだよ」
「………………………」
 しばし硬直した後、大石は“そうか”と引き攣った笑みを見せる。


「不二、俺をダシに使ったんじゃねえの?」
「やだなぁ。そんな事無いって」
 しらをきる不二。菊丸はジト目でチケットを渡した。







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