7.会いに来ないなら、こっちから行ってやる
青春学園の文化祭。中学テニス部はウェイターの格好をして、校内で喫茶店を出していた。
裏の調理場では、桃城のはりきりが目立ち、茶化すように菊丸が声をかける。
「桃、ひょっとして気になるコとか呼んでんのー?」
聞かれることを待っていたとばかりに、嬉々として桃城は言う。
「実はですねー。バネさんを呼んだんですよ」
チラリと入り口を覗き見る。丁度入ってきた不二が“僕も”と言い出した。
「佐伯も呼んでいるんだ。一緒に来るかもね。天根くんも来るかな」
「そうっスねー」
見合わせて、不二と桃城は微笑んだ。その顔のまま、菊丸の方を向く。
「樹くんも来るんでしょ」
「英二先輩だって呼んでるんじゃないスかー」
視線がチクチクと刺さり、たじろいでしまいそうになるが、正直に答える。
「呼んでねえよ」
パコッ!
素早く不二は、持っていたトレーで菊丸を叩いた。後輩の桃城はやれやれと溜め息を吐く。
「な、なにすんだよ」
「喧嘩中?」
「最初から決めてかかるなって。確かに…その…」
つい言いかけてしまった喧嘩の理由を、菊丸は慌てて飲み込んだ。
「英二もさ、ちょっとは学習した方が良いよ」
「学習ってなぁ、不二…」
不二の後ろから、様子を見に来たジト目の大石と目が合い、咳払いをする。
「さ、桃。手を休めるなー」
「俺は動かしてますよ。止まっているのは英二先輩だけです」
「………………………」
「じゃ、僕はこれで」
ひらひらと手を振り、不二は出て行った。
それからすぐであった。黒羽たちが入って来たのは。
「バネさん!」
見つけるなり、桃城が飛んでくる。
「お、似合ってるじゃないか」
黒羽は桃城の髪をくしゃくしゃと撫でて、衣装を褒めた。
「そ、そうスか?」
衣装を引っ張って見せて、はにかんだ顔で見上げてくる。
「ああ」
ニッと笑う。
2人の頭の間から、佐伯が顔を覗かせた。その横には天根と樹の姿があった。
少し離れた場所に立つ菊丸は、横目で伺うように見てくる。気付かない振りをしていた樹であったが、とうとう痺れを切らして、菊丸の元へと歩み寄った。
「よ、よう」
ぎこちない笑みで、軽く手を上げる。
「こっちから来てやったのね」
ムスッとして、樹は鼻で息を吐く。
「何か言う事は?」
「んー………あー…」
つま先で床を突いて“悪かった”と、呟いた。
「じゃあ、もう忘れる事にします」
樹は普段の表情に戻して、菊丸の指をそっと摘まむ。
「時間出来たら、案内して欲しいのね」
決まりが悪そうに髪をいじりながら、菊丸はまた呟いた。
「さっき、空けといたから。時間、あるよ」
「………………………」
胸の辺りが落ち着かず、言葉が浮かばなかった。
部屋を出て、菊丸と樹は並んで廊下を歩く。
「ほら、ここがさ」
「ええ」
説明をする菊丸に、樹は相槌をする。自然と2人に笑みがこぼれた。
「菊丸」
改まったように、樹は名を呼んだ。
「もしも、俺達が一緒の学校でしたら、こうやって廊下を歩くかもしれないのね」
「そうだなぁ」
窓の外から景色を見下ろした。多くの人間が道を行き来しているのが見える。
「楽しいのね、きっと」
「ああ」
学校生活を想像すると、確かに楽しそうだと菊丸は頷く。
「無いものねだりでしょうか」
「一緒の学校になったらなったで、また“もしも”って考えるようになるんじゃにゃいのー?」
伸びをして、先ほど考えた事を掻き消そうとした。
「だから、良いの。今で」
「そうですね」
樹も伸びをしてみせた。
「そういや樹、呼んでないのにどうして来れたんだ?」
「大石が呼んでくれたのね」
「大石が?」
何か視線を感じて菊丸は振り返り、キョロキョロと見回す。気のせいかと首を傾げ、樹と共に雑踏の中へ消えていった。
彼らの姿が見えなくなると、柱の影から大石が顔を出し、拳を小さく握り締めてガッツポーズをした。
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