メリークリスマス



 12月も中旬に差し掛かった頃、僕は部室にクリスマスツリーを飾った。室内でも飾れる小さいもので、コンセントを挿せば明かりもつく。
 しんと静まり返った早朝、もくもくと飾り付けに励んだ。マネージャーと副部長は早めに来て、部室の整理等を行うが、野村くんが風邪をひいてしまったので、金田くんが代理を務めている。彼は僕の後ろでテーブルを拭いている。部屋には僕と金田くんしかいない。他の連中はまだ温かい布団の中か、こちらへ向かう準備を整えている事だろう。



 寒さで悴んだ手で、僕は飾りの入ったビニールを破く。銀色の玉がするりと抜けて、床に落ちた。カンッと大きな音を立てる。金田くんが素早く拾って、僕に返す。
「割れてなくて良かったですね」
 受け取ろうとした指と指が触れて、悴んだように僅かに震える。これは寒さで震えているのだと、自分に言い聞かせた。指が震え、鼓動が高鳴る。飾りを結び付けようとする手が焦るように乱暴な動作をする。君の指が触れただけで、僕の頭の中で構成されたシナリオが乱れていく。
 震えを押さえ込むように、両手で固定してコンセントを繋いだ。チカチカとツリーは光を放つ。
「つきましたね」
 金田くんはツリーを覗き込んで喜んだ。今日の君はやたらとお喋りだ。どうして今日に限ってそんなに話しかけるのですか。君が僕に話しかけてくれるなんて、滅多に無いことじゃないか、たまに一言声をかけてくれるだけで、僕がどんなに嬉しいのか、心揺り動かされるのか、君は知らないのでしょう。2回も声をかけてくれるなんて。どういう了見なのでしょうか。君の事だけで、僕の頭はお喋りになるんです。



「そうだ」
 突然思い出したように、僕は声を上げる。そうして素早くポケットの中から包みを取り出した。もう片方の手で支えるように、中身が崩れていないか確かめる。
「ツリーを買った時について来たんですよ」
 包みの中身を金田くんに見せた。甘い砂糖の散りばめられたクッキーが入っている。
「美味しそうですね」
「君に差し上げますよ」
「え?」
 俺に?と言った具合に金田くんは自分を指差した。押し付けるように、僕は君に包みを渡す。渡した後に、もう少し普通の態度が取れないものかと反省した。
 もちろんついでに渡したものじゃないし、ツリーについて来たものじゃない。今の時代、そんなものがついてくるはずがないでしょう。ツリーを買いに言った時、このクッキーを見かけて、これぐらいだったら君にさりげなくプレゼントしても、怪しまれないと思ったからです。
「早めのクリスマスプレゼントだと思って」
 そっと付け足した。
 軽い冗談交じりに渡して、君が喜んでくれたら良かった。どんな些細な物でも、言葉でも、君の喜んでくれそうな事をしたかった。僕は不器用だし、捻くれているから、考えるだけで終わってしまうかもしれないけれど、少しでも、一つずつでも、していけたら良い。そんな一方的な片想いだった。



「本当に、良いんですか」
「気持ちが変わらないうちに、貰って置いてください」



「あ、ありがとうございます!!!ありがとうございます!!!」
 金田くんは良く通る声で、何度も礼を言ってきた。いくらなんでも大袈裟だ。
「…………え……いや……どういたしまして」
 そんなにお喜びするとは予想しておらず、僕は反応に困ってしまった。
「俺、実は大晦日が誕生日なんですけど、いつもクリスマスと誕生日とお正月を一緒にされて祝われてしまう事が多くって、友達にもネタにされるし、クリスマスとしてプレゼントされるなんてあんまり無くて、すっごく嬉しいんです」
 包みを大事そうに持って金田くんは照れ笑いを浮かべた。大きな声を出してすみませんと、小さく謝って。
「本当にありがとうございます!」
「………………………」
 君の嬉しそうな顔に、僕は声が出なかった。これが僕だけに向けられている笑顔なのだと、ふと頭に過ぎったら、声が出なかった。



 金田くんの笑顔を胸に、クリスマスイヴの夜、僕は布団に潜って目を瞑る。何週間前の朝の短い間の思い出をずっと抱えている。その間に、ちゃんとしたクリスマスプレゼントをあげたいと考えていた。でも駄目だった。あれ以上の君の笑顔が見られるプレゼントを、思い浮かべることなど出来なかった。違う、本当はあった。たった一歩が、踏み出せなかった。
 深い眠りから覚めた僕の目に映るのは、小さな箱。それに添えられた小さなクリスマスカード。眠気まなこで開いてみると、金田くんの字で“メリークリスマス”の定番の言葉に、こないだのお返しのような内容が書かれていた。
「………………………」
 バネがついたように上半身を起こし、丁寧にリボンを解いて、箱を開けてみる。中には小さなサンタクロースの人形が入っていた。取り出さず、しばらく箱の中を凝視してしまう。君の不意打ちは、僕から言葉を奪ってしまう。
 僕の寝ている隙に枕元にプレゼントを置くなんて、随分大胆な事をしたものですね。金田くんらしくない。
「………………………」
 何かが引っ掛かった。そもそも鍵も無しに僕たちの部屋に入れるはずが無い。
「………………………」
 ふと横を向くと、隣のベッドの布団の中から、同室の赤澤が“俺もプレゼント欲しいなぁ”という視線を送っていた。さもその表情は、事情の何もかもを知っているようで。僕たちだけの思い出の共有は、まだ届ない遠い夢のようだった。







金田は赤澤にペーラペーラ説明した上で、部屋に入れてもらったんです。
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