見知らぬ面
「交流会?」
舟を漕いでいた木更津が覚醒して顔を上げた。
「そうです。交流会です」
観月はホワイトボードに書かれた“交流会”の文字を丸で囲む。前髪を除けて目を擦り、まわりを見ると、部室でレギュラーメンバーが長いすに座って観月の話を聞いている。ミーティングをしていたんだっけ、木更津は思い出した。
「交流って誰と交流するの」
「高校生とだーね」
隣の柳沢が教えてやる。
「は?高校生?」
目を丸くして振り返り、柳沢に聞き返してしまう。
「ウチの高校テニス部だーね」
「めんどくさ……」
「だーね」
柳沢も嫌そうな顔をした。
「なんでいきなり交流会なんて事になったの?今までそんな事してこなかったのに」
野村が頬杖を突いたまま発言する。
「…………今年の反省もあるんでしょう」
しーん。
嫌な沈黙が走った。
「高校の方はどこまで行ったんですか?」
軽く手を上げて、裕太が発言する。
「関東までです。ウチよりは進んだようです……よ……」
観月の顔も浮かない。彼も乗り気ではないようだ。
全貌が見えていくにつれ、いかに“交流会”が楽しくないものかを知る事になった。
「欠席は許しませんからね。あっちの1、2年は来年お世話になるんですし、揉め事起こさないように。立食パーティーで、特別に料理が出されるらしいですよ」
「料理に期待しようぜ。じゃ、解散」
赤澤の声と深い溜め息が重なって、ミーティングは終わった。バラバラに席を立つ中、観月が裕太と金田に声をかける。
「裕太くん、金田くん、ちょっと」
「はい?」
2人は足を止め、振り返った。
「大変かと思いますが、耐えてくださいね」
「え?」
裕太は僅かな間を空けて、こくこくと頷いた。観月が声をかけてくるなんて、何かあるんだろうかと、疑問が残る。側で聞く金田は俯いて、顔を曇らせた。テーブルに腰をかけて、距離を置いた所から、赤澤が口を開く。
「金田、何度も聞いているが、本当にあの後からは何にもないんだよな」
「はい」
「このまま何も無い事になっていれば良いんですけどね」
「そうだな」
目を合わせて観月と赤澤は話す。裕太は会話の内容がわからず、立ち尽くすしかなかった。金田は知っているようだったが、問う事を躊躇ってしまう。転校をしてきた身なので、皆が知っていて自分だけが知らない事が多かった。
交流会当日、食堂で立食パーティーが行われた。挨拶の後、各自好き好きに食事を摘んで、コミュニケーションを取った。
「……………………」
裕太は皿を持ったまま、顔を引き攣らせる。
先日の観月の言葉の意味が、ようやくわかった。
「君が青学不二の弟?」
「あんまり似てないんだね、弟くん」
1人になった所の隙を突かれる様に、群がった高校生。彼らの口から出るのは、禁句とされている“弟”の単語。不機嫌な態度を取る事はできず、愛想の良い笑顔の仮面を被り、難が過ぎるのを待った。
「なに?不二弟がいるのに都大会止まりだったの?」
「何か悪かったんじゃないの?」
わざと聞こえるような内緒話をして、観月の方をチラチラと見る。彼の持つ皿の上では、魚のムニエルが無残にフォークで何度も突き刺されていた。いくらなんでも、この交流会は感じが悪すぎる。誰かの悪意を感じずにはいられなかった。
隙を見て群れから抜け出した裕太は、観月の元へ歩み寄って、開口一番に不満をぼやく。
「嫌がらせとしか、思えないっスよ」
「嫌がらせでしょう」
さらりと言って見せ、フォークの端を前歯で噛んだ。
「2人1組になって、お相手をしてあげた方が良いみたいですね」
観月の視線の先には、木更津と野村が高校生たちと楽しそうに話している姿があった。赤澤と柳沢もペアになって食事をしている。
「あの事、まだ根に持たれていたみたいです」
ぼそりと、呟いた。
「あの事?」
「裕太くんが来る前の事です」
観月は何かを思い出したように、ハッと目を見開く。
「金田くんは?」
「あれ………?」
裕太は見回すが、金田の姿は見えない。
「君の隣にいたじゃないですか」
「ええ、最初はいたんですけど、いきなり囲まれちゃって」
「くっ」
悔しそうに観月は顔を歪める。
「こんな事ならマークされても、赤澤と一緒にいるべきでした。裕太くん、金田くんを探しに行きましょう」
歩調を速めて歩き出し、裕太はその後を付いて行った。
金田は食堂の隅の方で、高校生と話をしていた。その会話をしている姿に、裕太は思わず飛び出しそうになったが観月に止められてしまう。彼は金田に、壁に背中をつけさせて、片手を置いて、逃がさないようにしていた。
「あの人……」
見知った顔であった。彼は高校一年の元先輩であった。去年、金田と親しそうにしていた記憶はない。
何を話しているのかは、よく聞こえないが、彼の手が金田に今にも触れて来そうで、裕太は気が気でない。
「観月さん、俺……」
「裕太くんが来る前、2人は付き合っていたんですよ」
「は?」
金田が?
大人しくて引っ込み思案なルームメイトに恋人がいたなんて、寝耳に水の話である。いや、想いを寄せている人に恋人がいたら、複雑な思いである。動揺する裕太に、観月は人差し指で額を突付いた。
「ほら、そういう顔をする」
「あ…………………」
「君がそういう顔をするから、話すのどうしようか迷っていたんです」
「……………………」
「彼が一方的に恋人にしていたんですよ。金田くんは嫌がっていたんですけど、断れなくて困っていてね。見かねた僕と赤澤が協力して、引き裂いてやったんです」
ふふん。当時の事を思い出して、観月はしたりやったりな勝ち誇った不敵な笑みを見せる。
「それからは何も無かったみたいなんですが、僕らは根に持たれて、金田くんの事は諦めていなかったみたいですね」
「そうだったんですか」
観月は裕太を引き寄せて、タイミングを見計らって金田を奪還しようと囁いた。
彼の手が金田の頬に触れる。今だ、と感じた時―――――
ゴッ。
金田のストレートが見事、彼の眉間に炸裂する。彼は崩れ、その場を離れようとした金田は、裕太と目が合う。
「不二、観月さん」
パッと笑顔になって小走りで駆け寄る金田だが、裕太と観月は目を点にして硬直していた。
「金田、お前……」
「ん?ああ、しつこいから殴っちゃった」
「君、都大会から変わりましたね」
「そうですか?」
顔を赤くして、決まり悪そうに襟をいじる。
「また観月さんと部長に助けられるばかりじゃいけませんから」
去年、何も抵抗の出来なかったこの子が、殴ってやるほどまで成長するとは。
観月は微かな笑みを浮かべた。
「でも暴力はいけませんよ。もっとばれないように影からしとめなければ」
「そうですね。迂闊でした」
「2人とも、何怖い事言っているんスか」
裕太は盛り上がる2人の間に割って入る。
「君も頑張りなさい、裕太くん」
下の方から上目遣いで観月が見据えた。びくりと裕太は肩を上下させる。
「わかってますよ」
金田の背中をじっと見つめた。
こんなにも近いあの背中は、いつも、いつも、遠かった。
彼を知る度に遠さを感じてしまうけれど、頑張って近付いて行きたい。
秘めやかな決意を、胸に仕舞った。
タイトルは「みしらぬめん」で、ツラではありません。
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