君無き世界



 目覚まし時計の音が、けたたましく部屋に響く。だるそうに手を伸ばして止めて、時間を見た。針は朝練の開始時間ギリギリを示している。
「金田!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
 裕太は飛び起き様にルームメイトの金田に文句を言う。だが、返事は返ってこない。
「あ………………」
 肩から布団がずり落ちた。
 金田はいなかった。
 今日、彼は用事があって実家に帰っていたのだ。




「おはようございます………」
 ギィ……。そっと扉を開けて、部室に入る。
「遅刻しました。すみません」
 謝るが、他のメンバーは既にコートに出ているので、中には誰もいない。
「遅いぞ裕太!」
 コートに入った途端に赤澤に叱られ、身を屈めて小走りで練習に入った。
「裕太、傷心なのよね。クスクス」
「帰ってくるまで持つかしら?だーね」
 木更津と柳沢が女言葉でからかってくるが、どう反応したら良いのかもわからない。


 俺、どうしちゃったんだろう。
 金田が少しの間だけいないだけなのに。


 そんな言葉が延々と頭の中を回っていた。
 金田が少しの間だけ………?
 裕太は何かに気が付いたように、顔を上げる。視界にはロッカーが入って来て、朝練が終了して着替えていたのだと、我に返る。
「裕太くん、相当参ってますね」
 後ろの方から、観月の声が聞こえて来る。
「金田は裕太が来た時からずっといたからなぁ」
 次に赤澤の声が聞こえて来た。
「そういやそうだね……生え抜きだから俺が来た時からいた訳だし、そう思うと寂しくなってきたなぁ」
「淳が寂しいと俺も寂しいだーね」
「柳沢ぁ」
「淳ぃ」
 木更津と柳沢がイチャつきだし、野村の“ふーん”という声がする。


 金田は裕太がルドルフへ来た時から、ずっと側にいたのだ。


 部室を出て、校舎に入ろうとした時、足が止まってしまった。
 入学して校内を案内してくれたのは金田だった。観月に頼まれたから、と言っていた。
 テニス部の備品などの細かい説明も金田がしてくれた。赤澤に頼まれたから、と言っていた。
 寮の部屋も一緒で、毎日顔を合わせていた。


 景色が染みて、目をぎゅっと瞑る。その中に浮かぶのは金田の顔。
 ああ、寂しいのだ。心がぽっかりと空いた喪失感。
 瞑ったまま、裕太は立ち尽くした。




「おはようございまーす!」
 翌日の朝、自宅から金田は部室へ入って来る。
 皆口々と“おはよう”“お帰りなさい”と、彼を向かい入れた。
「おはよう」
 いつものように、裕太は挨拶をする。
「昨日大変だったんだよ」
 木更津が裕太と金田を交互に見て言う。
「裕太が立ったまんまで全然進まないから、どうしたのかなって思ったら」
「泣いてたんだーね!」
「うっそマジ!?」
「泣いていたのかよ!」
「あらあら!」
 どっと先輩たちが盛り上がり、裕太は首まで赤くさせて怒り出す。
 ぎゃーぎゃーと騒ぐ光景を見て、戻って来たんだと金田は実感した。
 そう思った途端、目頭が熱くなって、涙を親指で拭う。
「あれ、俺も……」
 寂しかったんだ。
 ずっと疼いていた喪失感の正体が今になって知った。
 君が泣いている時に気付かないなんて、馬鹿だね。
 濡れた指を見て、一人自嘲気味に笑った。







ハ○ルキャッチコピーの「ふたりが暮らしたハ○ルの動く城」を観て思いついた話です。ふたりが暮らしたルドルフ寮…
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