祭りの後
2人で花火を観に行って、帰りに駅に入ろうとする樹を菊丸が引き止めた。
もう少し歩いていこう。
雑踏の中、消え去りそうな呟きが微かに耳に届く。
線路に沿って菊丸は1人前を進み、樹はその後ろをついていった。
あれだけいた人の群れは無くなっていき、通過する電車の音や自転車の音が、ときどき聞こえるくらいになる。
「綺麗でしたね」
樹は菊丸の背中に話しかけた。菊丸は黙って頷く。
「楽しかったのね」
同じように、彼は頷くだけだった。
「また、行こう」
呟くように菊丸は言う。それでも樹は聞き逃さない。
「隣、良いですか?」
「勝手に」
少しだけ早く歩いて、菊丸の隣に並んだ。
「もっとこっち来いよ」
樹の手を掴んで、引き寄せる。
「今夜は随分、強引なのね」
クスクスと笑う。手はまだ掴まれたままだった。
肩がぶつかり、菊丸の方を向くとすぐ顔があって、目を丸くする間もなく口付けをされた。
「菊丸からされるのは、初めてでした」
照れ隠しか、空いた手が落ち着かず、口付けされた場所を押さえる。
「そうだったか?」
「そうですよ」
まだ熱の冷めない顔を見合わせた。
「おかえしなのね」
ついばむように、菊丸の頬に唇を付ける。ちゅっと音がした。もちろん故意である。
「お前なぁ」
ムスッと顔を背ける菊丸の耳は赤い。今だったら言えるのかもしれないと、樹の中でふと感じた。
「えっと、そのえ…………」
「なんだよ」
それはわずか数秒の事で、菊丸はまたすぐに視線を戻してくる。
「なんでもないです」
「変な奴」
きょとんとして、目をパチクリさせる菊丸に、樹は笑ってごまかす。
英二と、呼べなかった。
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