大石の陰謀
「あのさぁ、本当に不二じゃないわけ?」
菊丸は机に手をつき、椅子に座る不二を見据えた。
「だから僕じゃないって」
ニコニコと笑顔のままで答える。嘘は言っていないようだが、他にどう疑いの矛先を向ければ良いのかわからない。誰かのせいにせずにはいられない。こんなヘマ、絶対自分がするはずがない。
「あーっ、一体誰なんだよっ」
頭を抱えた。もうすぐ奴がやって来て、拷問の時間が始まるのだ。
「えーいーじ」
呼び声が聞こえると、菊丸は肩を大きく上下させた。
教室の入り口を見れば、大石が顔を覗かせて弁当をチラつかせている。一緒に食べようと言いたいのだろう。
ああ………地獄だ………。
昼になったというのに、食欲がみるみる減退していく。
「行って来る」
呟き、弁当を持って大石の元へ行った。後ろの方で不二が手を振ってくれた。
「どこで食べる?」
出来るだけ明るい声で菊丸は問う。
「屋上にしようか」
大石も明るく答える。彼からにじみ出る楽しそうなオーラに寒気がした。
「………人気も少ないしな」
わざとらしく声を潜めて言う様子に、薄ら笑いが浮かんだ。
「あは………はは………」
笑う以外の反応が出来ない。
「で、樹くんとはどう?」
屋上へ来て適当な場所に座り、弁当を開ける前に大石は口を開く。
俺と樹の事、大石に話したのは一体誰なんだよっ!たたじゃおかねえ!
菊丸は見つかっていない犯人に向かって、心の中で大絶叫する。
「だからさ、どうもしてないって」
視線を避け、いそいそと弁当を開けた。
「大石がどう聞いたのかは知らないけど、そうい………」
「英二!」
むぎゅっ。
大石は両手で菊丸の頬を押さえ、自分の方へ振り向かせる。
「俺にはわかる!」
真っ直ぐと射抜いてくる瞳の中に、炎が見えた気がした。
「お前の目は、恋する目をしているっ!!」
恥ずかしげもなく、そんな科白を熱血を込めて言える男、それが大石秀一郎であった。
「な、なわけねーだろ」
駄目だ駄目だと思っても、恋する男の頬は正直に赤く染まる。否定の言葉も弱々しい。
「ほら」
「ほらじゃねー!」
手を振りほどき、菊丸は毛を逆立てる。
「俺、力になるよ」
大石は微笑んだ。チカチカするぐらいに眩しい。逆に菊丸の表情は沈みこむ。
「ちょくちょく会ってるの?」
「んー……そうかな」
誘導されている気はするが、菊丸は聞かれるままに答えてしまう。喉を潤そうと飲み物を口に含む。
「で……………」
ひそひそひそ。
大石は菊丸の耳元で囁いた。
ブッ!!
噴いてしまった飲み物に、虹が出来る。
「こら、汚いぞ」
「お、おまっ……大石が変な事言うからだろっ!」
ティッシュを大石から貰い、口元を拭う。
「違うっつの、大石と手塚じゃないんだから。樹とは、そういうんじゃないんだから」
やめてくれ………樹との事は放って置いて欲しい。恋は不安で脆く崩れやすかった。自分でも驚くくらいにいじらしく、純粋な部分。大石といえども触れては欲しくなかった。
「………………」
大石はこれ以上の詮索はやめたが、パートナーの俺が何とかしなければという、お節介のような妙な義務感に内なる炎を燃やす。こうなってしまった彼は、誰にも止められはしない。それがわかっていたからこそ、菊丸は大石に知られる事だけは極力避けていたのだが、もはや手遅れであった。
「はぁ」
「どうしたのね?」
「なんでもにゃいよ」
菊丸はパタパタと手を横に振った。昼の事を思い出すと溜め息ばかりが出てしまう。
放課後、彼は樹と会い、適当な店に入って雑談を交わす。
「はぁ」
もう一つの溜め息の原因。
「具合悪いんじゃないの?家へ帰ったら?」
笑顔で刺のある科白を吐いてくる、佐伯が付いてきたという事であった。
佐伯も樹に想いを寄せていた。なぜよりにもよって三角関係……後悔した所で引き返せるものではない。
四人席で、樹を1人にして、向かい側には菊丸と佐伯が隣同士で座っていた。佐伯曰く、抜け駆けは良くないとの事であった。自分ルールか?という突っ込みは黙っておいた。
学校の帰りという事もあり、会話は自然と授業の内容になって行く。お互いに興味深いものがあった。
「え?俺達はそんな所やってないよね樹ちゃん?」
「やったと思いますけど」
「そうだったっけ?」
佐伯は手を頭の後ろに当てる。
「教科書もウチとは違うんだろうね」
「そうだと思うよ」
菊丸は横に置いてあった鞄を開け、教科書を取り出そうとした。大石がうるさいので、本心は置いていきたいのだが、こうして持って来ている。
「ん?」
何かが引っ掛かる感じがするが、気にせずに引っ張り出した。
「「…………………………」」
菊丸と佐伯は硬直する。樹はメニューを見ていて気付いてはいないようであった。
教科書にはコードが引っ掛かっており、その先には俗に言う大人の玩具がぶらさがっている。
それは大石が何かのきっかけにと、忍び込ませたものであった。それだけでも迷惑極まりないのに、こうして出した時のタイミングも最悪であった。
「菊丸」
佐伯の手が、菊丸の肩に置かれる。
「ちょっと、良いかな。じっくり話がしたいんだけど」
その声の底に、何か恐ろしいものを感じ、顔を見る事が出来ない。
「いってらっしゃい」
席を立つ2人を樹は見送る。ああなった原因のものは、ほんの偶然見えた。
「ふーん……」
息を吐くように呟く。頭の中で、何かを思い巡らせながら。
Back