東京の空



「凄い人…」
 不二がエレベーターから降りると、凄い人だかりであった。さすが話題のスポットの事だけある。続いて河村と亜久津が降りる。
「タカさん、行こう」
 河村の手を引いて、不二は人の間を擦り抜けて行った。その後を、亜久津はポケットに手を突っ込んで付いていく。
「あれえ?」
「げっ…」
 同じく最上階へ来ていた裕太と目が合う。その横には金田がいた。
「裕太も来ていたんだ」
 少し不機嫌な事のあった不二であったが、そんな気持ちは弟の顔を見れば吹き飛んでしまう。
 不二は裕太と金田を交互に見て、裕太は不二と河村を交互に見て
「「やるじゃん」」
 声を揃えて言った。
「じゃあお邪魔しちゃ悪いし」
「俺も。金田行くか」
「うん」
 そうして不二兄弟は別れた。


「あれえ?」
 不二はまた、見知った影を見つける。影は彼らの存在に気付かず、景色を眺めている。
「タカさん、タカさん」
 亜久津と雑談中の河村の腕を引いた。
「あれ見て」
「来ていたんだ」
「面白そうだな」
 不二の指す方向を見て、河村はにこりと、亜久津はにやりと笑う。


「えーいじ」
「………………」
 菊丸は反射的に顔を背けた。
「樹くん久しぶり」
「久しぶりなのね」
 菊丸の隣の樹に話しかける。
「2人で来たの?」
「なわけねーだろ。偶然会ったの、偶然」
 無理な言い訳をする菊丸。しかし…
「英二、偶然ってあるよな。俺も入り口の前で偶然、亜久津に会ったんだよ」
「「………………」」
 菊丸と樹は河村にかける言葉が無い。


「凄い人だよな。俺達もう行くから、この場所渡すよ」
 そう言って、菊丸は逃げるように雑踏の中へ消えて行った。
「そんなに照れなくても良いのに」
 ぽかんと不二は口を開ける。
「ですね。じゃあ俺も行きます」
「佐伯に宜しく」
「はいなのね」
 樹も菊丸の後を追って行ってしまった。


 2人が行ってしまった後で、不二、河村、亜久津の3人は景色を眺める。宣伝を遥かに超えた、東京の美しい町並みが目の前に広がった。
「同じ物を一緒に見るって良いよね」
 不二は隣の河村を見上げて言う。
「うん」
 河村が笑うと、不二は無性に寂しく感じた。


 高校に入ったら河村はテニスをやめてしまう。
 同じ方向を見つめる事が出来なくなってしまう。
 河村の将来を応援する一方で、割り切れない自分がいた。


「不二」
 亜久津が不二の名を呼び。
「お前、何かうじうじ考えてんだろ。そんな奴に河村は意地でも渡せねえよ。せっかく来たんだ。楽しめ」
「………………わ、わかった」
 今回ばかりは亜久津の意見が正しいように聞こえた。そうだ、せっかくタカさんと来たんだ。自分に言い聞かせる。
「綺麗だね」
 不二は満面の笑みを見せた。
「また何か新しいものが出来たら行こうか」
「え?」
 思いがけない河村の言葉に少々驚いたが、不二は笑顔のままで頷く。
「そんときゃ俺もな」
 亜久津が付け足した。







 


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